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March 2017 の投稿一覧です。
*メールマガジン「風切通信 25」 2017年3月22日

 疑獄事件と言えば、政治家がその権限を使って民間人に便宜を図り、見返りに大金を受け取る、というのが通り相場でした。昭電疑獄(1948年)、造船疑獄(1954年)、九頭竜(くずりゅう)ダム疑獄(1965年)、ロッキード事件(1976年)、リクルート事件(1988年)ではいずれも政治家が巨額の金品を受け取ったとされ、収賄容疑で追及されました。

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 ところが、今回の森友学園への国有地売却問題はいささか様相が異なります。9億円の国有地が8億円も値引きされて払い下げられたのですから、特段の便宜が図られたことは間違いないのですが、森友側から「大金」が流れた形跡がありません。かつての疑獄とどこがどう異なるのか。それを分析した優れたリポートがあります。『サンデー毎日』の3月26日号と4月2日号に掲載された伊藤智永(ともなが)毎日新聞編集委員の記事です。

 記事のタイトル「森友疑惑は思想事件である」が問題の所在を的確に表現しています。伊藤編集委員の分析はこうです。
「この事件は、安倍政治に特有の『何だか嫌な感じ』がてんこ盛りになっている。つまり、政治事件としての本筋は、『教育・首相夫人・勅語(=天皇制・国体論)・排外主義』の問題にこそある。ひっくるめて『安倍流保守』の問題と名付けよう。これは政治思想事件なのである」

 森友学園問題をめぐってモヤモヤしていたものが、この記事を読んですっきりと晴れていくような気がしました。「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍晋三首相にとって、取り戻すべき日本の美点のエッセンスは、戦前の教育勅語でうたわれていることと重なります。森友学園が推し進めようとする「日本で初めての神道に基づく小学校教育」とも共鳴するところがあります。だからこそ、昭恵夫人は講演を引き受け、「こちらの教育方針は主人もすばらしいと思っていて」と語ったと考えられるのです。

 安倍首相夫妻と思想やイデオロギーを共有し、シンクロナイズする。交友もある。それゆえに、籠池泰典理事長は財務省や国土交通省との折衝で強気を押し通すことができたのではないか。官僚たちも、それを知っているから目端を利かせて譲歩に譲歩を重ねたのではないか。森友学園側から巨額の金品を贈らなくても小学校の開校準備がスムーズに進んだ背景にそうした構図があったと考えると、これまでの経緯が分かりやすくなります。

 伊藤編集委員の続報「安倍政治を担いだ『保守ビジネス』」も、戦後日本の政治思想の変遷を考えるうえで、示唆に富んでいます。記事の中で、保守ビジネスの起業家の「1990年代末から保守が売り物として成立するようになった」という言葉が紹介されています。このころから、日本の神話や皇室、国史をテーマにしたセミナーを開催すると、3000円の会費で参加者が面白いように集まる。ネット塾にも有料会員が次々に登録してくる。「保守ビジネス」が成り立つようになり、太い流れになっていった、というのです。

 1989年に東欧の社会主義体制が次々に倒れていきました。1991年には社会主義の本家、ソ連そのものが消滅し、共産主義・社会主義というイデオロギーは総崩れになりました。政治思想やイデオロギーという面から考えると、「社会の左翼」が真空状態になり、その空白を埋めるべき「強靭なリベラル」が育たないまま、21世紀を迎えました。空いた領域に中道と保守がじわじわと広がっていったのです。

 日本では、2009年に民主党が政権の奪取に成功しましたが、ぶざまな政権運営によって有権者に愛想を尽かされ、「やっぱり自民党に任せるしかないね」という選択が定着してしまいました。そうした中でグローバリゼーションは勢いを増す。冷戦を勝ち抜いた自由主義・資本主義体制の中で、大手を振ってまかり通るのはアメリカ型の貪欲な資本主義。社会は不安定さを増し、その不安を巧みに掬い取ったのは保守のタカ派であり、極右勢力だったのです。森友学園問題はそうした中で噴き出しました。今の日本社会の病理を象徴するスキャンダルと言えるのではないか。

 悲しいのは、今の日本には、これをただす勢力があまり見当たらないことです。国会での民進党議員の追及を見ていると、脱力感に襲われます。なんでこんな質問しかできないのか。自分たちで腐敗の根っこを掘り起こす力がない。一番気を吐いているのが、なんと共産党です。けれども、彼らにはノスタルジア(郷愁)はあっても、未来の展望はないでしょう。かつて腐敗した政治家に恐れられた検察官もどこへ消えてしまったことやら。

 繰り言を重ねても、未来を切り開くことはできません。どんな社会も、一人ひとりの人間が集まってできています。一人ひとりが、今いる場所でできることを積み重ねて、この社会を変えていくしかありません。森友学園問題は「今、あなたにできることは何か」と問いかけているとも言えます。

 山形の山村で暮らす私にできることは限られていますが、幸いなことに、こんな山奥にも光ファイバー回線が張り巡らされ、情報はあふれ返っています。ネットの海に漕ぎ出し、森友疑惑の核心に可能な限り迫るつもりです。元新聞記者として、何が至らなかったのか、深く自省しつつ。



≪参考サイト、記事≫
◎戦後の疑獄政治史
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/seijikasotuishi/sengoshi.htm
◎『サンデー毎日』(2017年3月26日号)の記事「森友疑惑は思想事件である 教育勅語と安倍政権の危険度」
◎上記の記事(毎日新聞のニュースサイトから)
http://mainichi.jp/sunday/articles/20170313/org/00m/040/003000d
◎『サンデー毎日』(2017年4月2日号)の記事「安倍首相を担いだ『保守ビジネス』 稲田防衛相、森友学園、田母神俊雄の交点」
◎上記の記事(毎日新聞のニュースサイトから)
http://mainichi.jp/sunday/articles/20170319/org/00m/070/004000d
◎毎日新聞のコラム「1強栄えて吏道廃れる」(伊藤智永編集委員、3月4日)
http://mainichi.jp/articles/20170304/ddm/005/070/003000c


≪写真説明とSource≫
◎森友学園の塚本幼稚園で園児に囲まれる安倍昭恵夫人
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/f5b90bd8e3ab960b5bf0d8e648239e0f




*メールマガジン「風切通信 24」 2017年3月14日

 森友学園への国有地売却問題には不可解なことがたくさんあります。その一つが「国会でも大阪府議会でも、小学校の建設予定地がある豊中市の議会でも、公明党の議員がまったく質問しないこと」です。公明党の支持母体である創価学会の会員の中には不満が渦巻いているとのことです。

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 公明党の議員はなぜ、この問題に触れないのか。その理由を探っていくと、一人の人物に辿り着きます。かつて国土交通相をつとめた冬柴鉄三代議士(故人)の次男、冬柴大(ひろし)氏です。1988年から大和銀行(現りそな銀行)に16年勤め、2004年にソニー生命保険に転職、冬柴元国交相が病没した2011年にソニー生保を退職して「冬柴パートナーズ株式会社」(大阪市)を設立しました。その代表取締役です。経営コンサルタントを業務とし、人脈紹介や助成金の申請援助を得意としている会社です。

 官僚側のキーパーソンが財務省の前理財局長、迫田(さこた)英典氏(国税庁長官)とするなら、民間側のキーパーソンは、この冬柴大氏と言っていいでしょう。前回のコラムで、「この問題には疑惑の3日間がある。2015年の9月3日から5日までの3日間だ」との志葉玲(しば・れい)氏の記事を引用し、安倍晋三首相が9月4日、安保法制法案の国会審議のさなかに大阪を訪問していたことを紹介しました。安倍首相はこの日、大阪・東梅田駅前の海鮮料理店「かき鉄」で冬柴大氏と会食しています。店のオーナーは冬柴氏です。牡蠣(かき)料理の店で、父親の名前「鉄三」の一文字を冠したのでしょう。

 日刊ゲンダイの電子版(3月8日)は、経営が思わしくない森友学園は小学校の建設資金に窮していたが、ある都市銀行が20億円を超す融資に応じた、と報じました。そして、その融資を仲介したのは「大臣経験者の子息A氏ではないか、という憶測が流れている」と伝えています。日刊ゲンダイの取材に対して、A氏は「その日に安倍首相と会食したのは事実です」と認めたものの、融資の仲介については「まったくありませんでした」と否定しました。この「A氏」が冬柴大氏で、融資に応じたのは彼がかつて勤めていた「りそな銀行」と見られています。

 多忙を極める首相が国会審議の合間を縫って大阪を訪れてテレビに出演し、その後、経営コンサルタントと彼の店で会食する。「重要な案件があったから」と見るのが自然です。その前日、安倍首相は財務省の迫田理財局長と会い、翌日(9月5日)には昭恵夫人が森友学園経営の幼稚園で講演し、小学校の名誉校長就任を引き受けています。「疑惑の3日間」と言われる所以です。

 キーパーソンが冬柴元国交相の息子では、公明党の議員は国会でも大阪府議会でも質問する気にはなれないでしょう。これで「不可解なこと」の一つへの疑問は氷解します。問題の土地の評価を民間の不動産会社ではなく、国土交通省の出先機関、大阪航空局が行ったことも「冬柴人脈」を考慮に入れれば、納得がいきます。

 もう一つの疑問、土地の評価をした国土交通省大阪航空局はなぜ「ゴミの撤去」を理由に8億円も値引きしたのか。大阪航空局の鑑定によれば、縄文時代に相当する深い地層にも「たくさんゴミがあるので、撤去に多額の費用がかかる」ということになります。これに関しては、この土地の元地権者たちが怒って、メディアに発言し始めています。元地権者の1人、乗光恭生さん(元豊中市議)は「災害時の一次避難地としての役割も担う公園を建設するというから、みんなで立ち退いて土地を国に売ったのに、いつの間にか森友学園に売られていた。あそこはもともと田んぼや畑。立ち退き時に家を解体してきれいにしたのでゴミなどない」と語っています。なんということでしょうか。

 森友学園の籠池泰典理事長が小学校の設置認可の申請を取り下げ、理事長も退任する意向を表明したことで、関係者はこの問題の「幕引き」を図る構えを見せていますが、冗談ではありません。「公園にする」と称して大勢の住民を立ち退かせて土地を国有化した挙げ句、元地権者たちが「ゴミなどない」と言う土地を8億円も値引きして森友学園に譲り渡し、そのうえ「ゴミの撤去」と「土壌汚染対策」の名目で1億3200万円もの公金を支給していたのです。森友学園が払ったのは、実質わずか200万円。ただ同然です。

 国の財産も税金も、自分たちの裁量でどうにでもなる、と考えているのです。こんな人たちにこの国の未来を託せるのか。こんな人たちが責任を問われることもなく、のうのうと生きていていいのか。


≪参考サイト、記事≫
◎森友学園の資金調達問題を報じた記事(日刊ゲンダイの電子版から)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/200917
◎冬柴パートナーズ株式会社の公式サイト
http://fuyushiba.com/index.html
◎産経ニュース「安倍日誌」2015年9月4日
http://www.sankei.com/politics/news/150905/plt1509050012-n1.html
◎東梅田の海鮮料理店「かき鉄」(「食べログ」から)
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27084357/
◎「公園にするというから立ち退いた」と憤る元地権者の1人、乗光恭生さんの記事(YAHOOニュースから)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20170313-00068645/
◎メディアに経過を説明する乗光恭生さん(ユーチューブの動画)
https://www.youtube.com/watch?v=YArhC_jOI1Y

≪写真説明とSource≫
◎メディアに語る元地権者の1人、乗光恭生さん(中央)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/200917




*メールマガジン「風切通信 23」 2017年3月10日

 大阪の森友学園への国有地払い下げ問題は、ますます奇怪な様相を呈してきました。学園の籠池(かごいけ)泰典理事長の言動は支離滅裂ですが、国有地の売却を決めた財務省の対応も奇怪です。この問題を所管する理財局の佐川宣寿(のぶひさ)局長は3日の参議院予算委員会で次のように答弁しています。「2012年の閣僚懇談会の申し合わせで、(政治家の不当な働きかけがあれば)記録を保存することになっていますが、不当な働きかけが一切なかったので、記録は保存されていません」

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 この人は官僚としては優秀なのかもしれませんが、役者としては「折り紙付きの大根」です。何かを、そして誰かをかばおうとしていることが見え見えです。佐川局長はこれに先立つ、2月24日の衆議院予算委員会では次のように答弁しています。
福島伸享(のぶゆき)議員「このような異例中の異例のやり方で(国有地の処分を)やっている時の理財局長はどなたでしょうか?」
佐川理財局長「えーと、今、手もとに資料がございません。大至急、調べてきます。(質疑を中断)前々任者ということであれば、えーと、中原でございます」
福島議員「なんでそんなにとぼけるんですか。(平成)27年から28年、前任者の理財局長!」
佐川理財局長「27年の夏から28年の夏という意味で言えば、迫田でございます」

 自分の前任者の名前を出したくないので、「手もとに資料がない」と言う。中座して戻ってきたら、前々任者の名前を出す。森友学園への国有地処分を決めた時の理財局長の名前を何とかして隠そうとする。が、隠しきれなくなって、ついに苗字だけ出してしまった、ということです。本当に大根です。彼が必死になってかばおうとした迫田英典(さこた・ひでのり)氏とは、どのような人物なのか。

 1959年、山口県生まれ。県立山口高校から東大法学部に進み、1982年に卒業して大蔵省に入省。竹下首相の秘書官補、金融庁信用機構室長、徳島県企画総括部長、東京国税局徴収部長、関東信越国税局長、主計局次長、財務省大臣官房総括審議官を経て、2015年7月に国有財産を管理する理財局長に就任。2016年6月、1年足らずで国税庁長官に就任しています。後輩が一所懸命、守ろうとするのもうなずける経歴です。

 2月28日のYAHOOニュースに掲載されたフリージャーナリスト、志葉玲(しば・れい)氏の記事「国有地8億円値引した迫田英典氏を国会に!」によれば、この迫田氏こそ、森友学園に国有地を8億円も値引きして売却した疑惑のキーマンです。志葉氏によれば、森友学園問題を解く鍵は2015年9月3日から5日までの3日間にある、といいます。

 産経新聞の「安倍日誌」9月3日によると、安倍首相は午後2時17分から10分間、財務省の岡本薫明官房長と迫田英典理財局長に会いました。その翌4日、首相は国会で安保法制の法案審議が続いていたにもかかわらず、空路、大阪入りしました。大阪の読売テレビに出演し、海鮮料理店で食事をしています。翌々日の5日、安倍首相夫人の昭恵さんは森友学園が経営する塚本幼稚園で講演し、「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長を引き受けました。なるほど、いろいろなことを想像させる3日間です。

 「昭恵夫人は籠池理事長に頼まれ、断りきれなくて『名誉校長』を引き受けた」といった報道もなされていますが、むしろ、その教育方針に賛同して積極的に引き受けたのではないか。夫の安倍首相も事情を承知したうえで同時期に大阪を訪れたのではないか。もしそうならば、この疑惑をめぐる様々なことが実にすっきりと見えてきます。

 権勢のピークにある首相とその夫人が賛同する小学校の設立計画。ここで思い切った仕事をすれば、強く印象づけることができる――目端の利く官僚なら「勝負のとき」と考えるでしょう。あらゆる手段を駆使して便宜を図り、売却価格も隠す。仲介する政治家も「ここで貸しを作っておいて、損はない」と蠢く。与党自民党はそんな実情が明るみに出たのでは政権の屋台骨が揺らぎかねないので、国会への参考人招致を認めない・・・。実に分かりやすい構図です。ついでに、「次の首相をめざす政治家は悠々と高みの見物」という姿も見えてきます。

 今、日本の国家財政は莫大な借金を抱えて火の車です。きるだけ支出を減らして、財政を立て直さなければなりません。国有財産も大切にして、次の世代に引き継がなければなりません。それが今を生きる私たちの責任です。ですが、森友学園問題に登場する面々には、そうした責任感はかけらもないようです。それどころか、疑惑のキーマンが国民から税金を取り立てる国税庁の長官としてふんぞり返っているとは・・・。

 この問題は、特異な学校法人の風変りな理事長が引き起こした小さなスキャンダルではありません。安倍長期政権の下で政治家や官僚たちが何をしているのか。その陰で私たちの未来がどんな風に蝕まれているのか。それを端的に示す、極めて大きな問題です。


≪参考サイト、記事≫
◎「国有地8億円値引きした迫田英典氏を国会に!」の記事(YAHOOニュースのサイト)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20170228-00068180/
◎フリージャーナリスト志葉玲氏のブログ
http://reishiva.exblog.jp/
◎迫田英典氏の略歴(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%AB%E7%94%B0%E8%8B%B1%E5%85%B8
◎産経ニュース「安倍日誌」2015年9月3日
http://www.sankei.com/politics/news/150904/plt1509040010-n1.html
◎同2015年9月4日
http://www.sankei.com/politics/news/150905/plt1509050012-n1.html
◎朝日新聞(2017年3月8日)の2面記事「理事長ら招致、自民難渋」
◎サンデー毎日(2017年3月19日号)の「森友学園と政・官 疑惑の闇」

≪写真説明とSource≫
◎記者団に囲まれる籠池泰典理事長(3月9日)(ハフィントン・ポストのサイトから)
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/09/kagoike-moritomo_n_15257798.html




*メールマガジン「風切通信 22」 2017年3月5日

 こんな人物が13年間も日本の首都のトップとして君臨していたのか。3日の石原慎太郎・元東京都知事の会見を聞いて、ため息を漏らした方も多かったのではないでしょうか。築地市場の豊洲移転について、石原氏は「行政上の責任は当然、裁可した最高責任者にある」と認めたものの、あとは嘘とごまかしと言い逃れのオンパレード。その姿から思い浮かんだのは「老醜をさらす」という言葉でした。

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 石原氏は会見の冒頭で声明を読み上げ、「1999年4月、知事に就任して早々に豊洲という土地への移転は既定の路線であるような話を担当の福永副知事から聞いた」と述べました。まず、これが事実とは思えない。彼が都知事になる前、東京都は築地市場の移転を断念し、市場の再整備を目指していました。立体駐車場や冷蔵庫棟を新たにつくり、築地を生まれ変わらせる計画だったのです。そして、その工事は財政難のため中断していました。

 当時、東京都は臨海副都心の開発に失敗し、8000億円もの借金を抱えていました。単年度会計も実質赤字が続き、財政再建団体に転落しかねない状況にあったのです。そうした中で、副知事が莫大な予算を必要とする築地市場の豊洲移転を「既定路線です」と知事に進言するなど考えられないことです。だからこそ、石原氏は「既定の路線であるような話を聞いた」という、あいまいな表現を使ってごまかそうとしたのでしょう。知事就任前に築地市場を豊洲に移す計画があったにせよ、豊洲に移転させることを決め、本格的に動き出したのは石原都政になってからです。

 次に、東京ガスからの豊洲工場跡地の買収について。石原氏は「具体的な交渉は2000年10月以降、浜渦副知事に担当してもらいました。浜渦氏から、交渉の細かな経緯について逐一報告は受けていませんでした。大まかな報告は受けていたかもしれません」と述べました。巧妙な表現です。豊洲工場跡地の土地代や関連費用として1281億円。その後の土壌汚染の対策工事費を加えれば、2000億円を超す大規模なプロジェクトです。しかも、移転後に築地市場の土地を売れば、莫大な収入が見込まれ、財政再建の夢も叶う。そのプロジェクトの重要事項が知事に報告されないわけがありません。

 当の浜渦武生氏は、『サンデー毎日』(3月5日号)のインタビューに答えて、土地買収交渉の経緯を語っています。東京ガスは工場跡地の売却を拒んでいました。都市ガスの製造工場だった跡地は土壌汚染がひどい。そこで、土壌汚染対策工事をしたうえでマンションやショッピングセンター、大学を誘致する開発計画を立て、すでに経営会議で正式に決定していたのです。

 浜渦氏はインタビューの中で、「東京ガスが難色を示したのは当たり前です」「決定事項を蒸し返されるのは、株主への説明も大変だし困るということでした」と述べています。そこで「水面下での交渉」に入り、東京ガスが計画していた1000億円の防潮護岸工事を東京都が引き受け、代わりに土壌汚染対策工事はすべて東京ガスが行う、という方向で土地の売買交渉を進めた、と証言しています。

 では、なぜ、護岸工事だけでなく、土壌汚染の対策工事まで東京都が行うことになったのか。浜渦氏は都議会での「やらせ質問」が問題になって2005年に辞任しており、その後の交渉には関わっていません。2011年に東京都と東京ガスが交わした土地売買契約に「土壌汚染対策費も東京都が負担する」との内容が盛り込まれたことについて、浜渦氏は「まったくもって分からない。私がいたら、こんなことにはならなかった」と語っています。

 その後の交渉で何があったのか。売買の対象物(土地)に瑕疵(かし)があった場合、売り手(東京ガス)が責任を持って対処するのが普通の取引ですが、石原氏は会見で「瑕疵担保責任留保の報告も相談も受けていない。それはもう、(部下に)任せきり。そんな小さなことにかまけてられません」と開き直りました。860億円もの費用がかかった土壌汚染対策を「小さなこと」と言ってのける神経に、唖然とします。

 土壌汚染対策のことを聞かれると、「私は専門家ではありませんから」と逃げる。「私は素人ですし、担当の司々(つかさつかさ)の職員の判断を仰ぐしかない」と部下に責任をかぶせる。挙げ句の果てに「議会も含めて都庁全体の責任じゃないですか」と言う。この人には「トップとしてすべての責任を取る」という覚悟や潔さは全くありません。

 民間企業なら経営者が背任の罪に問われてもおかしくないケースです。石原氏に対しては、都民が東京都に対して「豊洲の土地を578億円で取得したのは違法だ。都は石原氏に購入の全額を請求すべきだ」との訴訟を起こしています。元都議による住民監査請求もなされています。石原氏のような破廉恥な人間は、都議会の百条委員会に証人として呼ばれても、責任逃れを繰り返すだけでしょう。法廷に引きずり出して、ぎりぎりと締め上げるしかありません。それでも、「体調がすぐれない」などと言って逃げ回るのだろうけれど。


≪参考サイト、文献≫
◎石原慎太郎氏の記者会見(3月3日)の詳細(ハフィントン・ポストのサイト)
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/02/ishihara-shintaro-conference_n_15124104.html
◎石原氏の声明全文(同サイト)
http://big.assets.huffingtonpost.com/20170303ishihara.PDF
◎週刊誌『サンデー毎日』(2017年3月5日号)
 「浜渦武生・元副知事、全真相を独白。本当の戦犯は誰なのか」
◎『黒い都知事 石原慎太郎』(一ノ宮美成&グループ・K21、宝島社)

≪写真説明とSource≫
◎日本記者クラブで会見した石原慎太郎氏(ハフィントン・ポストのサイトから)
http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/02/ishihara-shintaro-conference_n_15124104.html