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August 2017 の投稿一覧です。
*メールマガジン「風切通信 32」 2017年8月24日
 
 「対馬でカワウソ発見」を伝える新聞記事に「フンを回収してDNA解析をしたところ、カワウソと確認された」という表現がありました。山林に設置した自動撮影カメラの映像だけでは心配なので、念のためDNA鑑定もして慎重を期した、ということでしょう。

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 「カワウソおたく」としては、「では、フンの何をDNA鑑定したのか」が気になります。食べたものをいくら解析しても、カワウソかどうかは分かりません。毛繕いをする際に飲み込み、フンと一緒に出てくる体毛を鑑定したのか。旧知の動物生態学者、齊藤隆さん(北海道大学教授)に問い合わせたところ、丁寧な解説が寄せられました。専門家のすごさを感じさせる文章です。以下、全文を引用させていただきます。

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 フンには未消化物以外にも様々なものが含まれていますが、フンをした当該個体の組織としては体毛と腸の細胞が含まれている可能性があります。体毛は毛繕いした時に口に入るものですが、体毛が含まれていないフンもあります。一方、腸の細胞はすべてのフンに含まれていると期待されます。

 フンから持ち主(当該個体)のDNAを分析したい場合は、フンの表面を丁寧にぬぐい、腸の細胞を採取します。フンの表面についた細胞の劣化は早く、また、もともとの量も多くないために、分析の成功率はあまり高くありません(よくて50%くらい)。今回の場合は、複数のフンからDNAが採取できたと思われます。

 分析対象のDNAは、ミトコンドリアDNAとマイクロサテライトDNAであったと思われます。ミトコンドリアDNAからは母系分析が可能です。家系図のような系統解析から、類縁関係が推定できます。カワウソのDNA分析にはすでに蓄積がありますから、種ごとに特徴的なミトコンドリアDNAのタイプがすでに明らかになっています。ですから、採取されたミトコンドリアDNAのタイプがユーラシアカワウソのタイプであるならば、フンをした個体はほぼ間違いなくユーラシアカワウソであると考えて良いことになります(この個体が別の種でユーラシアカワウソを食っていた可能性は、論理的には排除できませんが、仮にそうだったとしても、対馬に食われたユーラシアカワウソがいたことになりますから、今回の発見は揺らぎません)。

 ミトコンドリアDNAを使って、種よりも小さな単位の分析も可能ですが、まだその分析は進んでいないようです。近い将来、亜種レベルでの特徴も分析できるようになると思います。

 マイクロサテライトDNAを分析すれば、個体識別や親子判定が可能です。今回は韓国で分析された個体のマイクロサテライトDNAの特徴と似たものを検出できたようです。このような分析を丁寧に進めていけば、対馬にいる個体の由来をかなりの確度で推定できるでしょう。どのような分析を行ったのかわかりませんが、性別もDNAでわかったようです。

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 この解説に先立って、私が「発見されたカワウソがニホンカワウソとユーラシアカワウソのどちらか、などということは瑣末なこと」と表現したことについては、お叱りを受けました。一つひとつの事実を丁寧に洗い出し、解明していく、専門家の仕事への敬意を欠いた表現でした。お詫びします。今回発見された個体はユーラシアカワウソなのか、ニホンカワウソなのか。それによって、何が明らかになるのか。以下、再び、齊藤隆さんの文章を引用させていただきます。

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 それは、いつ(カワウソが日本に)渡ってきたのかが問題となるからです。ユーラシア大陸からの渡来が頻繁で最近(昭和の前半くらまで)も続いていたのならば、「どちらでも良い」と考えても差し支えないと思います。しかし、ユーラシア大陸からの渡来が古く(20ー30万年前)、その後の遺伝的な交流が限られ、日本で独自に進化を遂げていたのなら、どちらでも良いことになりません。

 日本列島の哺乳類相の成り立ちはまだ十分に解明されていません。陸続きでなければ渡来できない種、列島成立後も大陸と交流を持ち続けた種などの類別は不十分です。今回の発見が対馬を経由した朝鮮→九州の可能性を強く示唆するのならば、日本列島の哺乳類相の成り立ちを考える上で重要な知見になります。


≪写真説明とSource≫
◎イギリスのカワウソ(英紙Express から)
http://www.express.co.uk/news/weird/380943/Otters-eat-2m-fishery




*メールマガジン「風切通信 31」 2017年8月22日

 何を隠そう、と気張って言うほどのことでもないのですが、実は私は「カワウソおたく」の一人です。「カワウソ」という言葉を聞いただけで、心がピクッと動いてしまいます。当然のことながら、長崎県の対馬でカワウソが発見された、というニュースには血がザワザワと騒ぎました。

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 琉球大学の伊沢雅子教授らのグループが「ツシマヤマネコ」の生態を調査するため、対馬の山林に自動撮影カメラを設置したところ、それにカワウソが写っていたというのです。8月17日に発表されました。フンのDNAを鑑定し、カワウソに間違いないと確認したようです。日本でカワウソの姿が最後に確認されたのは高知県須崎市の新荘川で、昭和54年(1979年)のこと。実に38年ぶりの生存確認です。

 ニホンカワウソはユーラシアカワウソの亜種もしくは独立種とされています。対馬で発見されたのがどちらのカワウソか、まだ判然としないようですが、そんなことは瑣末なことです。日本列島にいるカワウソは、もともとユーラシア大陸から渡ってきたと考えられるからです。目撃例が途絶え、2012年に環境省によって「絶滅種」とされたカワウソが日本で生きていた。それだけで十分、心躍るニュースです。

 私が「カワウソおたく」の仲間入りをしたのは1980年代初めのことです。当時、私は駆け出しの新聞記者として朝日新聞の横浜支局で働いていました。同僚の一人が神奈川県の清川村で建設計画が進んでいた宮ケ瀬ダムの取材をしていて、彼から「なんか宮ケ瀬にはまだカワウソがいるらしいよ」と聞いたのがきっかけです。

 同僚はダム建設をめぐる補償交渉の取材に追われ、カワウソの話はしなくなったのですが、変人の私は「スイッチが入った状態」になってしまい、日頃の取材などそっちのけで、カワウソに関する情報収集にのめり込んでいきました。かつては日本のあちこちの川にカワウソがいたといいます。山形の山村に住んでいた父親に聞くと、「昔はおらほの川にもいたようだ」と言うではありませんか。

 清流が姿を消すにつれ、また川岸がコンクリートで固められていくにつれてすみかを奪われ、消えていったニホンカワウソ。それが神奈川県の山奥でまだ生きているとなれば、間違いなく1面トップのニュースです。高知県の新荘川でその姿が確認されたと報じられてから、まだ数年しかたっていない頃のことでした。

 もちろん、「宮ケ瀬のカワウソ」は確認できなかったのですが、簡単にあきらめたりしないのが「おたく」の「おたく」たるゆえんです。その後、北海道に転勤になってからも「カワウソの残影」を追い続けました。日本海親善ヨットレースの取材で、札幌からソ連のシベリアに出張した際には、ヨットレースの取材もそこそこに、「カワウソはいるか?」と聞き回る始末(ロシア人から「アムール川にいっぱいいるよ」と言われ、拍子抜けしました)。

 国際報道部門に異動になり、インドに駐在していた時にもこっそり隠れて、カワウソの資料を集めていました。イギリスをはじめヨーロッパ各地にも生存しており、海岸伝いに別の川に移動したり、人間になついて猟の手伝いをしたりすることも知りました。

 人間が生息域を広げるのに伴って住む場所を奪われ、消えていった生き物はカワウソに限りません。ニホンオオカミもそうです。けれども、山や森の奥深くではなく、身近な川にいたカワウソには、何か惹かれるものを感じます。対馬だけではないのではないか。まだ、日本のどこかで、カワウソはしたたかに生き延びているのではないか。人間たちのさかしらな「絶滅宣言」など、あざ笑うかのように。



≪参考サイト≫
◎対馬で撮影されたカワウソの動画(琉球大学のサイト)
http://www.u-ryukyu.ac.jp/univ_info/announcement/press2017081701/
◎ニホンカワウソ(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%82%A6%E3%82%BD
◎1979年にニホンカワウソが確認された高知県の新荘川についてのサイト
http://mantentosa.com/sightseeing/susaki/try/shinjo_river/index.html
◎神奈川県の宮ケ瀬ダムについて(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E3%83%B6%E7%80%AC%E3%83%80%E3%83%A0
◎イギリス各地にカワウソ Otter が生息していることを伝える報告(英文)。推定生息数は12,900匹で、最近は微増傾向にあるという。
https://www.britishwildlifecentre.co.uk/planyourvisit/animals/otter.html

≪写真説明とSource≫
◎1979年ごろ、高知県須崎市の新荘川で撮影された二ホンカワウソ(須崎市の鍋島誠郎さん提供)
http://www.sankeibiz.jp/compliance/photos/170817/cpd1708171337002-p2.htm




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 7月27日(木)に「予定通り開催します」とホームページでお知らせしましたが、28日夜から29日朝にかけて大雨になり、最上川が急に増水しました。このため、1日目の29日(土)は「山形県朝日町の雪谷カヌー公園から大江町のふれあい会館まで17キロ」の予定を変更し、流れが比較的穏やかな「大江町のふれあい会館から中山町の長崎大橋まで10キロ」を漕ぎ下りました。参加者は13人(10艇=2人乗りが3艇)でした。天候は薄曇り。

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 夕方から、尾花沢市の名木沢コミュニティーセンターで「ブナの森」の会員と参加者の懇親会を開きました。今回の反省と来年以降の「カヌー探訪」の内容について、率直に意見を交換し、貴重なアドバイスをいただきました。今後の企画に活かしていきます。

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 2日目の30日(日)は、尾花沢市の猿羽根(さばね)大橋から新庄市の本合海(もとあいかい)大橋まで20キロを下る予定でしたが、カヌー行そのものを中止しました。1日目の予定変更で気勢をそがれたこと、雨量の予測が難しく、リスクが高いと判断したためです。2日目に参加を予定していたカヌーイストの皆様と昼食会場を提供してくださる予定だった大蔵村赤松地区の皆様、ゴール地点の新庄市本合海(もとあいかい)の皆様にはご迷惑をおかけしました。事情をご理解のうえ、なにとぞご容赦ください。

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≪参加申込者≫ 
25人:山形県内15人、県外10人(東京4、神奈川3、宮城、福島、岩手各1人)
≪参加者≫
【29日に大江町ー中山町まで10キロを漕ぐ】13人(10艇=2人乗りが3艇)
 永嶋英明(山形県鶴岡市)、大類晋(山形県尾花沢市)、渡辺政幸(山形県大江町)、林和明(東京都足立区)、市川秀(東京都中野区)、岸浩(福島市)、吉田英世(盛岡市)、佐竹久(山形県大江町)、菊地大二郎(山形市)、斉藤栄司(山形県尾花沢市)、崔鍾八(山形県朝日町)、柏倉稔(山形県大江町)、森太介(山形県朝日町)

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 *きよかわアウトドアスポーツクラブの齋藤健司(神奈川県海老名市)、池辺民雄(神奈川県座間市)、清水孝治(神奈川県厚木市)、岸一博(東京都町田市)、岸君子(同)は自主判断で参加見送り。懇親会で貴重なアドバイスをしてくださいました。

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≪過去の参加者数≫
第1回(2012年)24人、第2回(2014年)35人、第3回(2015年)30人、第4回(2016年)31人

≪陸上サポート≫ 安藤昭雄▽遠藤大輔▽白田金之助▽長岡昇▽長岡典己▽長岡佳子
≪写真撮影≫ 遠藤大輔▽長岡昇
≪昼食の漬物提供≫ 安藤昭雄▽佐竹恵子

≪出発、通過、到着時刻≫
▽1日目(7月29日)
 9:30 大江町ふれあい会館を出発
 10:10 寒河江市ゆーチェリーに到着
10:30 寒河江市ゆーチェリーを出発
11:30 中山町・長崎大橋に到着、昼食
▽2日目(7月30日) 中止

≪主催≫ NPO「ブナの森」  *NPO法人ではなく任意団体のNPOです
≪主管≫ カヌー探訪実行委員会(ブナの森、山形カヌークラブ、大江カヌー愛好会で構成)
≪後援≫ 国土交通省山形河川国道事務所、国土交通省新庄河川事務所、山形県、東北電力(株)山形支店、朝日町、大江町、西川町、大石田町、尾花沢市、舟形町、大蔵村、新庄市、山形県カヌー協会、山形カヌークラブ、大江カヌー愛好会、美しい山形・最上川フォーラム
≪協力≫ 尾花沢市名木沢区長、阿部良一▽大蔵村赤松区長、斉藤英幸▽新庄市本合海地区、八向尚
≪ウェブサイト更新≫
 コミュニティアイ(成田賢司、成田香里、阿部可奈)
≪ポスター、Tシャツのデザイン・制作≫ 遠藤大輔(ネコノテ・デザインワークス)
≪輸送と保険≫
 マイクロバス・チャーター 朝日観光バス(株)
 旅行保険 あいおいニッセイ同和損保、Bell 保険オフィス
≪横断幕揮毫≫ 成原千枝