フランス革命の前夜、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットは、民衆が飢えに苦しんでいると聞いて「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」とうそぶいた、と伝えられている。
それは史実ではなく、王政を憎悪する革命派が作り上げたエピソードのようだが、マリー・アントワネットが絶対君主制に固執し、自由と平等を「唾棄すべきもの」と考えていたことは間違いない。18世紀末、時代がどう動いているか、ついに理解できなかった。
今の日本を「革命前夜のフランス」にたとえるつもりはないが、「時代の風に鈍感」という点で、山形県の吉村美栄子知事にはフランスの王妃と重なるものがある。吉村知事は「奥羽新幹線と羽越新幹線の二つを新たに造ろう」と提唱している。それは、富士山からゆっくりと下山している人たちに「次はエベレストを目指そう」と呼びかけるようなものだ。
鈍感さは、山形県庁の情報技術(IT)政策の面でも見てとれる。
IT革命の波は、私たちの命と健康にかかわる医療分野にも急速に及び、山形県は斎藤弘知事の時代に県立病院に大々的にITを導入することを決めた。2007年から08年にかけて、赤字続きの県立病院を立て直すために経営改善計画を立て、最新の医療情報システムを導入する手立てを講じた。
医療分野はすでに世界中で、IT企業の主戦場の一つになっていた。入札に参加した複数の企業の中から、山形県が選んだのがアクセンチュアの医療情報システムだった。吉村美栄子氏が斎藤弘氏の後を継いで知事に就任した年のことである。
アクセンチュアは、ニューヨークやシカゴを拠点とする世界最大のコンサルタント会社だ。従業員は48万人。経営戦略の助言にとどまらず、ITサービスの提供も得意とする。この会社の日本法人が2009年、約18億円で山形県の医療情報システムの落札に成功した。
同社の医療情報システムを考案したのは秋山昌範(まさのり)・東大教授である。徳島大学医学部を卒業した後、国内で医師として働き、マサチューセッツ工科大学の客員教授を務めた。秋山氏は医療とITの両方が分かる研究者として東大に迎えられ、医師の中には彼のシステムを「画期的」ともてはやす人も少なくなかった。
ただ、心配する声はあった。秋山氏の唱えるシステムを実際に導入して動かしている病院は、まだ一つもなかったからだ。不安は現実になる。県立中央、河北、新庄の3病院に共通の新システムを導入するはずだったのに、その構築作業は遅々として進まなかった。
病院の医療情報システムは複雑極まりない。図1のように、医師が患者を診断して書き込む電子カルテ、各種の検査や薬の処方を処理するオーダリングシステム、看護師の支援システム、診療報酬を扱う医事会計といった基幹システムに入退院の手続きや手術管理、輸血管理、地域の医療機関との連携など多数のサブシステムが連結される。
しかも、これらすべてのシステムを24時間、365日、動かさなければならない。地震や水害で電気が来なくなったからダウンした、などということは許されない。おまけに、扱うのは患者の繊細な個人情報がほとんど。「システムの極致」とも言える代物だ。
ただでさえ、システムの構築は至難の技なのに、日本には「ガラパゴスの壁」もあった。日本の携帯電話は「インターネットにつながる」「ワンセグでテレビを観ることもできる」など独自の進化を遂げたが、スマートフォンが登場するや、それまでの携帯は「ガラパゴス携帯」、略して「ガラケー」と呼ばれ、隅に追いやられた。
それと同じことが医療情報システムの世界でも起きている。日本の医師たちの細かい注文に応じてユニークなシステムを作っているうちに、世界の標準からかけ離れたシステムになってしまったのだ。日本の「ガラパゴス医療情報システム」を秋山氏が構想するシステムに円滑に切り替えるのはそもそも不可能だった、と言うしかない。
受注から1年後、アクセンチュアは契約の1割、約1億8000万円の違約金を払って山形県から撤退した。システムの考案者、秋山教授はその後、架空の研究費をだまし取ったとして詐欺罪で有罪判決を受け、表舞台から姿を消した。
一度目の失敗には幾分、同情の余地がある。東大教授が考案した画期的なシステムを引っ提げて、世界最大のコンサルタント会社が乗り込んできたのだ。幻惑されたとしても無理からぬ面がある。問題はその後にある。
3病院共通の医療情報システムの構築に失敗した山形県は取りあえず、表1のように県立中央、河北、新庄の3病院にNEC、CSI、富士通という別々のシステムを導入して急場をしのいだ。システム統一という目標を先送りしたのだ。
ITの技術革新はものすごいスピードで進む。新しいシステムも5年ほどで陳腐化する。それを考えれば、県は速やかに態勢を立て直し、気を引き締めてシステムの更新と統一の準備に取りかからなければならなかった。
ところが、吉村美栄子知事は「態勢の立て直し」を指示していない。県立病院を管轄する病院事業局の職員はそれまで通り、2、3年で知事部局の職員と入れ替わる人事を続けた。これでは、職員が難解な医療情報システムの仕組みに習熟できるわけがない。専門のシステムエンジニアを採用して育てることもしていない。
岩手県の場合、県立病院が多いこともあり、医療局に配属されると、職員の7割ほどは医療局に留まり、県立病院と行き来しながらノウハウを蓄積して次のシステム更新に備える。宮城県の県立病院の数は山形県と大差ないが、病院事業を県庁から切り離して地方独立行政法人「宮城県立病院機構」を作り、専門家を育ててきた。両県ともエンジニアを抱えている。そうしなければ、複雑な医療情報システムの設計と発注ができないからだ。
知事を筆頭に、山形県の幹部たちは「この間、何を考え、何をしていたのか」と問いたくなる。ことの重大さと困難さがまるで分っていないのではないか。当然のことながら、山形県立病院の医療情報システムの更新は、無様な経過をたどった(表2参照)。
県立3病院に電子カルテを納入したメーカーやベンダー(販売会社)に対して、県病院事業局が「医療情報システムの整備に関する提案をしてほしい」と要請したのは2015年のことだ。要請に応じたのは、かつて入札でアクセンチュアに敗れたNECと富士通だった。
その後、何が起きたのか。ここから先は関係者の証言があまりにも食い違い、判然としない。富士通の販売代理業務をしている山形新聞グループのYCC情報システムは「医療情報システムの更新計画から弊社を排除する動きがあった」として、2017年10月に朝井正夫社長名で新澤(しんざわ)陽英・県病院事業管理者あてに公開質問状を出した。
公開質問状には「県病院事業局は富士通社員を恫喝し、事実上、(入札)辞退を迫った」「富士通を撤退に追い込んで、同一系列の特定メーカー同士の入札をもくろんでいるとしか思えません」と記してある。「最初からNECとその提携先のCSIのシステムで統一するつもりで動いていた」と言いたかったようだ。
当時の県病院事業局の幹部の証言はまるで異なる。「私たちはNECと富士通の両方から提案してもらい、きちんとした入札をするつもりでいた。ところが、富士通が途中で入札手続きから降りてしまった。富士通社内の事情からと聞いている」と言う。
この騒動について、山形新聞は2017年12月に1面トップで「県立3病院のシステム統合 メーカー統一を先行」とセンセーショナルに報じた。翌年1月には3回の連載記事を掲載して「迷走、医療行政の怠慢」と指弾した。
県幹部の怠慢は記事で指摘している通りだ。その部分は納得がいく。だが、それ以外の記述は山新グループのYCC情報システムの言い分をなぞっただけである。今回のシステム統合で県の仕事がなくなるYCCの恨み辛みを綴っているに過ぎない。ひどい報道だ。
医療情報システムは今、どうなっているのか。日本国内の各社のシェア(図2参照)はどうか。そうしたことを踏まえて、医療とITの世界で起きていること、山形県当局が為すべきことを丁寧に、誠実に読者に伝えるのが新聞記者の務めではないか。
医療情報システムをめぐる県当局の仕事ぶりは、悲惨な結果をもたらした。新しいシステムへの更新時期が迫る中で、入札に参加した企業はNEC1社だけとなった。
情報公開された入札調書(表3)によれば、県病院事業局が設定した予定価格は34億2743万円。これに対して、NECは3回の入札でいずれも39億円台の価格で応じた。競争相手がいないのだから、入札不調に終わってもNECはちっとも困らない。
困ったのは県側である。やむなく、NECに随意契約を持ちかけ、昨年3月、最終的に37億円で契約を交わした。入札時の予定価格に8%の消費税を加えた金額で落着した。
山形新聞が非難の矛先を県病院事業局に絞り、吉村知事の責任にまったく言及していないのも理解しがたい。確かに、病院を管轄する病院事業局とダムや水道を運営する企業局は会計上、知事部局から半ば独立しているが、山形県が行うすべての決定の最終的な責任が知事にあるのは自明のことだ。知事のみが選挙の洗礼を受け、幹部の人事権を握っているからだ。
吉村知事はサクランボやコメの販売促進、観光振興など「絵になること」には先頭に立って走り回る。だが、医療情報システムといった込み入った問題には、口をつぐむ。情報公開でどこまで公文書を出すかといったデリケートな問題についても、「法律の専門家の意見をお聞きして」などと逃げるのが常だ。
組織のトップは、すべての決定とその結果について責任を負わなければならない。重要な問題については、専門家の意見を聞いたうえで自ら考え、判断しなければならない。吉村知事には、その覚悟が感じられない。
(2019年11月29日 長岡 昇)
≪訂正≫最後から4段落目に「最終的に37億円で契約を交わした。予定価格を3億円も上回る」とあるのは誤りでした。「最終的に37億円で契約を交わした。入札時の予定価格に8%の消費税を加えた金額で落着した」と訂正します(本文は手直し済み)。入札時の予定価格は税抜きの価格でした。その後にあった「県の不手際によって、巨額の血税が失われた」という文章は削除します。
*このコラムは、月刊『素晴らしい山形』の12月に寄稿した文章を転載したものです。見出しは異なります。
*図や表はクリックすると表示されます。
≪写真説明とSource≫
◎マリー・アントワネット(ヨコ)(名言倶楽部のサイト)
https://meigen.club/marie-antoinette/
≪参考サイト&文献≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎マリー・アントワネット(ウィキペディア)
◎Accenture
https://www.accenture.com/us-en
◎アクセンチュア株式会社(Accenture Japan Ltd)
https://www.accenture.com/jp-ja/company-japan-over-facts
◎秋山昌範(ウィキペディア)
◎国内外における医療情報の標準化の現状と展望(山本隆一、『情報管理』2017年12月号)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/60/9/60_619/_pdf/-char/ja
◎山形県立病院の医療情報システムのイメージ(山形県のサイト)
https://www.pref.yamagata.jp/ou/byoin/550001/publicfolder201802268403743825/8cc765991_30a430e130fc56f3.pdf
◎山形県の医療情報システムをめぐる経過(同)
https://www.pref.yamagata.jp/ou/byoin/550001/publicfolder201802268403743825/8cc765992_3053308c307e306e7d4c904e7b49306b306430443066.pdf
◎医療情報システムの入札に関する山形県の公文書
それは史実ではなく、王政を憎悪する革命派が作り上げたエピソードのようだが、マリー・アントワネットが絶対君主制に固執し、自由と平等を「唾棄すべきもの」と考えていたことは間違いない。18世紀末、時代がどう動いているか、ついに理解できなかった。
今の日本を「革命前夜のフランス」にたとえるつもりはないが、「時代の風に鈍感」という点で、山形県の吉村美栄子知事にはフランスの王妃と重なるものがある。吉村知事は「奥羽新幹線と羽越新幹線の二つを新たに造ろう」と提唱している。それは、富士山からゆっくりと下山している人たちに「次はエベレストを目指そう」と呼びかけるようなものだ。
鈍感さは、山形県庁の情報技術(IT)政策の面でも見てとれる。
IT革命の波は、私たちの命と健康にかかわる医療分野にも急速に及び、山形県は斎藤弘知事の時代に県立病院に大々的にITを導入することを決めた。2007年から08年にかけて、赤字続きの県立病院を立て直すために経営改善計画を立て、最新の医療情報システムを導入する手立てを講じた。
医療分野はすでに世界中で、IT企業の主戦場の一つになっていた。入札に参加した複数の企業の中から、山形県が選んだのがアクセンチュアの医療情報システムだった。吉村美栄子氏が斎藤弘氏の後を継いで知事に就任した年のことである。
アクセンチュアは、ニューヨークやシカゴを拠点とする世界最大のコンサルタント会社だ。従業員は48万人。経営戦略の助言にとどまらず、ITサービスの提供も得意とする。この会社の日本法人が2009年、約18億円で山形県の医療情報システムの落札に成功した。
同社の医療情報システムを考案したのは秋山昌範(まさのり)・東大教授である。徳島大学医学部を卒業した後、国内で医師として働き、マサチューセッツ工科大学の客員教授を務めた。秋山氏は医療とITの両方が分かる研究者として東大に迎えられ、医師の中には彼のシステムを「画期的」ともてはやす人も少なくなかった。
ただ、心配する声はあった。秋山氏の唱えるシステムを実際に導入して動かしている病院は、まだ一つもなかったからだ。不安は現実になる。県立中央、河北、新庄の3病院に共通の新システムを導入するはずだったのに、その構築作業は遅々として進まなかった。
病院の医療情報システムは複雑極まりない。図1のように、医師が患者を診断して書き込む電子カルテ、各種の検査や薬の処方を処理するオーダリングシステム、看護師の支援システム、診療報酬を扱う医事会計といった基幹システムに入退院の手続きや手術管理、輸血管理、地域の医療機関との連携など多数のサブシステムが連結される。
しかも、これらすべてのシステムを24時間、365日、動かさなければならない。地震や水害で電気が来なくなったからダウンした、などということは許されない。おまけに、扱うのは患者の繊細な個人情報がほとんど。「システムの極致」とも言える代物だ。
ただでさえ、システムの構築は至難の技なのに、日本には「ガラパゴスの壁」もあった。日本の携帯電話は「インターネットにつながる」「ワンセグでテレビを観ることもできる」など独自の進化を遂げたが、スマートフォンが登場するや、それまでの携帯は「ガラパゴス携帯」、略して「ガラケー」と呼ばれ、隅に追いやられた。
それと同じことが医療情報システムの世界でも起きている。日本の医師たちの細かい注文に応じてユニークなシステムを作っているうちに、世界の標準からかけ離れたシステムになってしまったのだ。日本の「ガラパゴス医療情報システム」を秋山氏が構想するシステムに円滑に切り替えるのはそもそも不可能だった、と言うしかない。
受注から1年後、アクセンチュアは契約の1割、約1億8000万円の違約金を払って山形県から撤退した。システムの考案者、秋山教授はその後、架空の研究費をだまし取ったとして詐欺罪で有罪判決を受け、表舞台から姿を消した。
一度目の失敗には幾分、同情の余地がある。東大教授が考案した画期的なシステムを引っ提げて、世界最大のコンサルタント会社が乗り込んできたのだ。幻惑されたとしても無理からぬ面がある。問題はその後にある。
3病院共通の医療情報システムの構築に失敗した山形県は取りあえず、表1のように県立中央、河北、新庄の3病院にNEC、CSI、富士通という別々のシステムを導入して急場をしのいだ。システム統一という目標を先送りしたのだ。
ITの技術革新はものすごいスピードで進む。新しいシステムも5年ほどで陳腐化する。それを考えれば、県は速やかに態勢を立て直し、気を引き締めてシステムの更新と統一の準備に取りかからなければならなかった。
ところが、吉村美栄子知事は「態勢の立て直し」を指示していない。県立病院を管轄する病院事業局の職員はそれまで通り、2、3年で知事部局の職員と入れ替わる人事を続けた。これでは、職員が難解な医療情報システムの仕組みに習熟できるわけがない。専門のシステムエンジニアを採用して育てることもしていない。
岩手県の場合、県立病院が多いこともあり、医療局に配属されると、職員の7割ほどは医療局に留まり、県立病院と行き来しながらノウハウを蓄積して次のシステム更新に備える。宮城県の県立病院の数は山形県と大差ないが、病院事業を県庁から切り離して地方独立行政法人「宮城県立病院機構」を作り、専門家を育ててきた。両県ともエンジニアを抱えている。そうしなければ、複雑な医療情報システムの設計と発注ができないからだ。
知事を筆頭に、山形県の幹部たちは「この間、何を考え、何をしていたのか」と問いたくなる。ことの重大さと困難さがまるで分っていないのではないか。当然のことながら、山形県立病院の医療情報システムの更新は、無様な経過をたどった(表2参照)。
県立3病院に電子カルテを納入したメーカーやベンダー(販売会社)に対して、県病院事業局が「医療情報システムの整備に関する提案をしてほしい」と要請したのは2015年のことだ。要請に応じたのは、かつて入札でアクセンチュアに敗れたNECと富士通だった。
その後、何が起きたのか。ここから先は関係者の証言があまりにも食い違い、判然としない。富士通の販売代理業務をしている山形新聞グループのYCC情報システムは「医療情報システムの更新計画から弊社を排除する動きがあった」として、2017年10月に朝井正夫社長名で新澤(しんざわ)陽英・県病院事業管理者あてに公開質問状を出した。
公開質問状には「県病院事業局は富士通社員を恫喝し、事実上、(入札)辞退を迫った」「富士通を撤退に追い込んで、同一系列の特定メーカー同士の入札をもくろんでいるとしか思えません」と記してある。「最初からNECとその提携先のCSIのシステムで統一するつもりで動いていた」と言いたかったようだ。
当時の県病院事業局の幹部の証言はまるで異なる。「私たちはNECと富士通の両方から提案してもらい、きちんとした入札をするつもりでいた。ところが、富士通が途中で入札手続きから降りてしまった。富士通社内の事情からと聞いている」と言う。
この騒動について、山形新聞は2017年12月に1面トップで「県立3病院のシステム統合 メーカー統一を先行」とセンセーショナルに報じた。翌年1月には3回の連載記事を掲載して「迷走、医療行政の怠慢」と指弾した。
県幹部の怠慢は記事で指摘している通りだ。その部分は納得がいく。だが、それ以外の記述は山新グループのYCC情報システムの言い分をなぞっただけである。今回のシステム統合で県の仕事がなくなるYCCの恨み辛みを綴っているに過ぎない。ひどい報道だ。
医療情報システムは今、どうなっているのか。日本国内の各社のシェア(図2参照)はどうか。そうしたことを踏まえて、医療とITの世界で起きていること、山形県当局が為すべきことを丁寧に、誠実に読者に伝えるのが新聞記者の務めではないか。
医療情報システムをめぐる県当局の仕事ぶりは、悲惨な結果をもたらした。新しいシステムへの更新時期が迫る中で、入札に参加した企業はNEC1社だけとなった。
情報公開された入札調書(表3)によれば、県病院事業局が設定した予定価格は34億2743万円。これに対して、NECは3回の入札でいずれも39億円台の価格で応じた。競争相手がいないのだから、入札不調に終わってもNECはちっとも困らない。
困ったのは県側である。やむなく、NECに随意契約を持ちかけ、昨年3月、最終的に37億円で契約を交わした。入札時の予定価格に8%の消費税を加えた金額で落着した。
山形新聞が非難の矛先を県病院事業局に絞り、吉村知事の責任にまったく言及していないのも理解しがたい。確かに、病院を管轄する病院事業局とダムや水道を運営する企業局は会計上、知事部局から半ば独立しているが、山形県が行うすべての決定の最終的な責任が知事にあるのは自明のことだ。知事のみが選挙の洗礼を受け、幹部の人事権を握っているからだ。
吉村知事はサクランボやコメの販売促進、観光振興など「絵になること」には先頭に立って走り回る。だが、医療情報システムといった込み入った問題には、口をつぐむ。情報公開でどこまで公文書を出すかといったデリケートな問題についても、「法律の専門家の意見をお聞きして」などと逃げるのが常だ。
組織のトップは、すべての決定とその結果について責任を負わなければならない。重要な問題については、専門家の意見を聞いたうえで自ら考え、判断しなければならない。吉村知事には、その覚悟が感じられない。
(2019年11月29日 長岡 昇)
≪訂正≫最後から4段落目に「最終的に37億円で契約を交わした。予定価格を3億円も上回る」とあるのは誤りでした。「最終的に37億円で契約を交わした。入札時の予定価格に8%の消費税を加えた金額で落着した」と訂正します(本文は手直し済み)。入札時の予定価格は税抜きの価格でした。その後にあった「県の不手際によって、巨額の血税が失われた」という文章は削除します。
*このコラムは、月刊『素晴らしい山形』の12月に寄稿した文章を転載したものです。見出しは異なります。
*図や表はクリックすると表示されます。
≪写真説明とSource≫
◎マリー・アントワネット(ヨコ)(名言倶楽部のサイト)
https://meigen.club/marie-antoinette/
≪参考サイト&文献≫ *ウィキペディアのURLは省略
◎マリー・アントワネット(ウィキペディア)
◎Accenture
https://www.accenture.com/us-en
◎アクセンチュア株式会社(Accenture Japan Ltd)
https://www.accenture.com/jp-ja/company-japan-over-facts
◎秋山昌範(ウィキペディア)
◎国内外における医療情報の標準化の現状と展望(山本隆一、『情報管理』2017年12月号)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/60/9/60_619/_pdf/-char/ja
◎山形県立病院の医療情報システムのイメージ(山形県のサイト)
https://www.pref.yamagata.jp/ou/byoin/550001/publicfolder201802268403743825/8cc765991_30a430e130fc56f3.pdf
◎山形県の医療情報システムをめぐる経過(同)
https://www.pref.yamagata.jp/ou/byoin/550001/publicfolder201802268403743825/8cc765992_3053308c307e306e7d4c904e7b49306b306430443066.pdf
◎医療情報システムの入札に関する山形県の公文書