積雪566センチで「国内最高」と言われても・・・
気象庁記者クラブの面々の職務怠慢
*メールマガジン「おおや通信 101」 2013年3月4日
北国に住む者にとって、雪は「あなどりがたいもの」である。この冬も、雪下ろし中に屋根から転落したり、排雪溝に落ちたりして犠牲になるケースが相次いだ。北海道の地吹雪はもっと怖い。身動きできなくなり、助けを求めることができなければ、命を奪われてしまう。週末にそれが現実のものになった。痛ましい事故だった。
こうした事故が相次いだこともあって、雪が降らない所では「この冬は記録的な大雪だった」という印象が広がっている。そのきっかけになったのは、2月下旬にテレビや新聞がさかんに伝えた「青森県の酸ケ湯で積雪が566センチを記録した」というニュースだったように思う。「国内最高の積雪」と報じた新聞もあった。
雪に埋もれた大谷小の校舎。積雪は1メートルあまりだが、屋根からの落雪がすごい
強い違和感を覚えた。少なくとも、東北各地の積雪は去年の大雪よりはずっと少ないからである。どうしてこのような報道がなされたのか、調べてみた。すると、日本独特の制度である「記者クラブ制度」の弊害が浮かび上がってくる。
まず、一連の報道の出発点となった気象庁の発表内容である。気象庁は2月26日に「青森県の酸ケ湯の積雪が同日午前5時の時点で566センチになった」と発表し、「アメダスの観測地点で記録された最深積雪を更新した。記録的な積雪である」と付言した。発表内容そのものはもちろん事実であり、正確である。
問題は、この発表を受けて気象庁記者クラブの記者たちがどのような記事を書くかである。怠け者の記者(あるいは「忙しい」が口癖の記者)は、この発表の範囲内で要領良く文章をまとめ、デスクに送る。きっと「過去最高の積雪」と仮見出しを付けて出稿したのだろう。この時点で、正確な事実が誤報に転じる。
もう一度、発表内容に戻ってみてほしい。気象庁は注意深く、「アメダスの観測地点で記録された積雪」と条件を付けていた。この範囲での「記録更新」なのだ。アメダス(地域気象観測システム)の運用が始まったのは1974年である。観測地点が現在の約1300になったのは、その5年後の1979年だ。つまり、これ以前には別な積雪記録があるし、現在でもアメダスの観測地点以外では別な積雪記録がある、ということである。
気象庁の広報担当に電話して、「気象庁として把握している最深積雪記録は何センチですか」と尋ねてみた。答えは「伊吹山(岐阜・滋賀県境)の測候所で1927年に記録した1182センチ(11メートル82センチ)」というものだった。今回、メディアが最高積雪と報じた酸ケ湯の2倍以上である。
そんなに昔まで遡ることもない。10メートルを超える積雪はさすがに少ないが、6メートルあるいは7メートルという積雪記録は新潟や山形、秋田の豪雪地帯ならざらにある。私が暮らしている山形県朝日町の近くにある西川町では毎年、独自に積雪記録を取っている。この冬の最高記録は「月山志津(しづ)温泉の604センチ」という。町役場の職員によれば、ほぼ平年並みだ。町の記録によれば、志津温泉の積雪は1973年の800センチが最高という。
西川町の積雪表示。2月25日の志津温泉の積雪は604センチ。
西川町の職員に「青森県酸ケ湯の積雪566センチのことをどう思うか」と聞いてみた。「うちの町では多いところで5メートルくらい降るのは当たり前だから、とくにすごいとも思いません」と言う。気象庁詰めの記者はきっと、雪国で暮らしたことがないのだろう。積雪についての実感も湧かないのだろう。そうでなければ、566センチの雪を何の条件も付けずに「過去最高」と表現したりはしない。ほんのわずかの時間を割いて補足取材をすれば、566センチの持つ意味はすぐに分かるはずだ。
悩ましいのは、補足取材をして「積雪566センチはいくつかの限定条件付きの『過去最高』である」ときちんと書くと、自分の原稿のニュース価値が下がることである。なにせ、デスクや編集者は「史上初」や「過去最高」「全国初」が大好きだからだ(自分もその一人だったから、偉そうなことは言えない)。かくして、誤報が大手を振ってまかり通る。テレビや新聞への信頼感はこうして掘り崩されていくのだ、としみじみ思う。
官庁が横書きで出してきた「報道資料」をひたすら縦書きの記事にする記者のことを、新聞業界で「タテヨコ記者」と言い、そういう報道を「タテヨコ報道」と言う。自分もそういうことをしてきた覚えがある。怠惰と堕落への道であり、これに抵抗するためには相当の覚悟と努力がいる。
引退した老人の繰り言めくので、こういう事は本当はあまり書きたくない。だが、今回の酸ケ湯の最高積雪報道については書かずにはいられなかった。こんなタテヨコ報道をいつまでも続けていると、報道への信頼はますます細る。気象庁記者クラブの面々に奮起を促したい。