*メールマガジン「風切通信 3」 2016年5月23日

 山村の実家で年金生活を始めた私の目下の課題は「生活力の向上」です。新聞記者として30年余り生き、その後、小学校と大学で働きましたが、炊事、洗濯、掃除のノウハウをほとんど知りません。かみさんに基礎から教えてもらっていますが、「こんなこともできないの」と冷ややかに言われる毎日。かみさんは山形市の実家で母親(92歳)の世話をするかたわら、毎週、私の生活を支援するため山奥の家まで来てくれます。「これじゃあ家事手伝いとも言えないので、家事見習いね」とのご託宣。悔しくても、言い返せません。

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 農村で生まれ育ったのに、草花や木々のこともほとんど分かりません。それではうるおいに欠けるので、前回のコラムでも書きましたが、庭先に咲いている花の名前を調べることから始めました。古い人間なので植物図鑑や山野草のハンドブックに頼る。が、本をめくってもなかなか分かりません。インターネットのサイト「みんなの花図鑑」や「四季の山野草」の方がずっと頼りになることを知りました。

 「みんなの花図鑑」はNTTグループが運営しているサイトです。2010年秋に3億円を出資してリニューアルし、3000種以上の花のデータを収めています。登録利用者は現在、1万8000人余り。このサイトに花の写真を投稿して「名前を教えてください」とお願いすると、早い時には数分で次々に回答が寄せられます。

 庭の片隅に、白い可憐な花が咲いていました。草丈10数センチ、花径3センチほど。根元から細長い葉をいくつも出しています。図鑑で調べて「ホソバノアマナ(細葉の甘菜)」ではないかと見当をつけたのですが、「みんなの花図鑑」に投稿した写真に寄せられた回答は「オオアマナ(大甘菜)」と「タイリンオオアマナ(大輪大甘菜)」の二つでした。この二つの花をさらにネットで検索しても、なかなか分からなかったのですが、コメント付きで答えてくれた方がいて、ようやくヨーロッパ原産の「オオアマナ」と判明しました(ホソバノアマナは日本原産)。

 そのコメントがすごかった。花の名前だけでなく、オオアマナの学名Ornithogalum umbellatum L. と英語名 Star of Bethlehem(ベツレヘムの星)を記し、「 学名で検索するとオオアマナとタイリンオオアマナの違いがよくわかります」というアドバイスまで付けてくれていたのです。さっそく、両方の学名で検索すると、英語のサイトに辿り着き、その説明で両者の違いがよく分かりました。タイリンオオアマナの花がバナナの房のようにくっついて咲くのに対して、オオアマナは茎から散開して咲くのです。「総状花序(かじょ)」に対して「繖形(さんけい)花序」と言うのだそうです。

 インターネットのすごさを感じるのはこういう時です。日本語のサイトで分からなければ、英語のサイトに当たり、別の言語ができれば、その言語のサイトで調べることもできます。「知識と情報の世界で革命が起きた」というのは誇張ではなく、現実であり、その流れはさらに勢いを増しています。租税回避地をめぐるパナマ文書の暴露と報道も、ネット時代でなければ考えられない出来事です。次の時代を生き抜くためには「ネットと語学」がどうしても必要になるのです。

 それなのに、日本の教育現場では何が起きているのか。小学校の校長をしている時、インターネット教育の状況に愕然としました。講師役で登場したのは地元の警察署の少年補導係の警察官だったのです。これは、私が勤めていた小学校に特有のことではなく、山形県内の小中学校の一般的な傾向でした。「ネットにはエログロがあふれている。援助交際の窓口もある。裏サイトでのいじめも深刻だ。いかに危険なものかを教えなければならない」という感覚なのです。「最初にそれを教えるのはおかしい」と私が言うと、「教育現場の厳しさを知らないよそ者の戯言」と言い返される有り様でした。山形県に限った話ではないでしょう。

 インターネットの世界は現実の世界と背中合わせになっており、ネット上には小学生や若者に有害なものもあふれています。それに対処するのは重要なことです。けれども、最初の段階でそれを強調するのは、包丁の使い方を説明するのに「包丁は危ないものだ」と教えるのと同じです。料理を作るのに包丁は不可欠です。なのに、「包丁は人を傷つけるのに使われるから危ない」と最初に教えてどうするのか。

 こういう教育が行われているのは「大人の都合による教育」がまかり通っているからでしょう。子どもを「管理する対象」として捉えており、「大人たちとは異なる時代、異なる世界を生きていく人間」として遇しようとしていない、と言ったら言い過ぎでしょうか。学校現場のIT環境の劣悪さと併せて、「世界の流れと教育の現状との乖離」を強く感じました。

 最近、文部科学省は小学校の教育に「プログラミング」を導入しようとしていると報じられています。小学生にプログラミングの基礎を教えようというわけです。「相変わらず、トンチンカンな役所だなぁ」と感じます。公立小中学校の教員のほぼ全員にパソコンが貸与されるようになって、まだ5、6年しかたっていないというのに。教員のIT教育をなおざりにし、学校のネット環境もきちんと整備しないまま、メディアが飛びつくような新規事業に血道をあげる文科省。それを垂れ流す記者クラブの面々。そのツケを払わされるのは私たちの子どもたちであり、孫たちです。

 「包丁はこうやって使って料理しましょう。でも、使い方を間違えると危ないよ」。インターネットについても、同じようにその効用とリスクをきちんと教えるべきです。教育の場にこそ、最新の設備とノウハウを提供する必要があります。そのためには、今の教育行政と教育現場を大胆に変革しなければなりません。が、このままでは、変革どころか改善すらできそうもありません。それがとても切ないです。


≪参考サイト≫
◎「みんなの花図鑑」
https://minhana.net/
◎「四季の山野草」
http://www.ootk.net/shiki/
◎ 「みんなの花図鑑」とは(NTTのホームページから)
http://www.ntt.co.jp/news2011/1104/110413a.html


≪写真説明≫
◎ 庭の片隅に咲いている「オオアマナ」(2016年5月14日、山形県朝日町で撮影)