飛行中のオニヤンマを捕まえて食べる猫
*メールマガジン「風切通信 34」 2017年9月19日
わが家に時折、三毛猫がやって来るようになったのは3年前の秋のことでした。最初は「立ち寄り先の一つ」のような風情でした。来るたびに食べ物を与えていたのですが、そのうち頻繁に顔を見せるようになり、ついには2匹の子猫を連れて居ついてしまいました。不思議に思って調べてみると、もともとはわが家の100メートルほど先にある老夫婦の家で飼われていたのですが、2人とも老人ホームに入居してしまったため、やむなく引っ越してきたことが分かりました。
老夫婦にかわいがられていたからでしょう。親猫はとても人なつこくて、賢い猫でした。ミケと名付けました(安直な命名でご免)。対照的に、子猫は警戒心が強く、エサをもらう時も「シャー!」と威嚇する始末。気心が知れて、2匹を撫でられるようになるまで、だいぶ時間がかかりました。白と黒のまだら模様の雄猫はフグ、チャコールグレーと白い毛がきれいな雌猫はリプ子と名付けました。フグはまだら模様が魚のフグのようなので、リプ子は、顔つきが当時活躍していたロシアのフィギアスケートの選手、リプニツカヤに似ているからと、家人が付けた名前です。
親子3匹との暮らしは、山村での生活にうるおいを与えてくれました。が、そのうるおいも雪が解けるまででした。春になって発情期を迎えると、親猫は再び妊娠して出産、雌猫のリプ子も出産。秋にも出産・・・。2年後には孫も出産するようになり、わが家はたちまち「猫屋敷」と化してしまいました。次々に里親を募集して里子に出しましたが、里親探しも行き詰まり、この春、やむなく雌猫にはすべて不妊手術を施す羽目になりました。
「猫口爆発」はこれでやっと終息。現在、わが家をすみかにしている猫は7、8匹。ミケとリプ子は別のところにねぐらを構えて、お腹がすくとやって来る、という状態です。家人に言わせると、私の性格は「猫より気まぐれ」。食べ物を与えるのもいい加減で、外泊した場合などは一日中ほったらかしにすることもあります。
なので、わが家の猫は自活能力がすこぶる発達しています。「足りない分は自分で確保する」という習性が身に着いています。近所を駆けずり回ってネズミを捕るのはもちろん、スズメやトカゲ、ヘビも捕まえて食べる。夏はエサが豊富です。ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシ、アゲハチョウにクロアゲハと、食材は実に多彩です。
猫は獲物を捕らえると、ねぐらに持ち込んで食べる習性があります。セミや蝶の羽は食べないので、わが家の猫部屋を見ると、彼らの食生活がよく分かるのです。意外なのは、オニヤンマをよく食べていることでした。よく知られているように、トンボの幼虫はヤゴと呼ばれ、水の中で数年暮らしてから、早朝にヤゴから羽化して飛び立ちます。羽化しても羽が乾くまでは飛ぶことができず、じっとしているので、簡単に捕まえることができます。猫は早起きですから、その時に捕まえているのだろう、と推測していました。
ところが、ある日の昼下がり、わが家の猫(サンちゃん)がオニヤンマをくわえて戻ってくるのを目撃しました。仰天しました。なんと、飛行中のオニヤンマを捕まえていたのです。オニヤンマは小さな虫がいる水路などを何度も往復してエサ捕りをします。待ち伏せ攻撃が得意な猫は、オニヤンマのそういう習性が分かっているのか、飛行ルートでじっと待って跳び付いてキャッチしていたのです。
そうか。オニヤンマが飛び立てない時間帯を狙って捕まえるなどという姑息なことはせず、堂々と勝負してゲットしていたのか。お見逸れしました、サンちゃん。ほかの猫もそうやってオニヤンマを捕まえていたのかもしれません。そういえば、コウモリを捕まえて持ち帰り、食べていた猫もいました。コウモリのねぐらの出入り口で、得意の待ち伏せ攻撃をしたのでしょう。
猫の狩猟能力は高く、自活能力も高い。私のような気まぐれな人間が付き合うのにぴったりの動物だ、とあらためて思った昼下がりでした。
≪参考文献≫
◎『美しき孤高のハンター 世界の野生猫』(エンディング出版編集部、ファミマ・ドット・コム)
◎『ネコ学入門』(クレア・ベサント、築地書館)
◎『猫は魔術師』(『ねこ新聞』編集部、竹書房)
◎『The CAT』(Penguin Random House, UK)
≪写真説明≫
◎柿の木に登って遊ぶクリちゃん(耳のあたりが栗色)=撮影・長岡昇