雪かきは、シシュフォスの石に似て・・
*メールマガジン「風切通信 44」 2018年2月8日
北陸の福井県が37年ぶりの大雪に見舞われ、生活に甚大な影響が出ています。福井市の2月7日現在の積雪は143センチ。しかも、その多くが数日のうちに降ったそうですから、車が立ち往生して物流が滞り、市民生活がマヒしたのも当然でしょう。1日で大人の腰の高さまで積もったところもあるとか。これでは、雪に慣れた地域でも簡単には対処できません。
福井の人たちの困惑と困窮はどのようなものか。わがふるさと、山形県に引き付けて考えれば、以下のようなことかと推察します。同じ雪国でも、山の位置や風の通り道によって、雪の降り方はまるで異なります。県庁所在地の山形市の平年の積雪は28センチほど。これに対し、私が暮らす朝日町の平年の積雪は140センチ前後と、この冬の福井市並みです。この差は、冬の暮らしに各段の違いをもたらします。
まず、日々の雪かきのレベルが異なります。山形市の降雪は一晩で通常5センチほど、多くても15センチくらいです。これなら、一般の住宅の場合、スコップかラッセルスノーという幅広のスコップでかき出すことができます。これが朝日町になると、一晩に20センチから30センチ、多い時には50センチほど積もります。こうなると、スコップでは大変なので、ガソリンエンジン駆動のロータリー式除雪機が「標準装備」として必要になります。庭が広く、母屋に加えて納屋やお蔵の周りも除雪しなければならないからです。
わが家は玄関先が車1台分ほどと狭く、除雪スペースが小さいので除雪機はありません。手作業で雪かきをしています。それでも、スコップやラッセルでは対処できないので、スノーダンプと呼ばれる、両手で押す大きなスコップのような雪かき道具が必要になります。これで新雪をゴソッとすくい取り、側溝に流し込みます。田んぼに水を供給するための村の水路が、冬は融雪溝として活躍してくれるのです。
降った雪はその重みで沈み、日中の日差しで少しずつ解けますから、積雪量は上記のように山形市で28センチ、朝日町で140センチほどになります。積雪が1メートルを超すと、雪の重みで家が破損する恐れが出てきます。そこで、必ず屋根の雪下ろしをしなければなりません。つまり、山形市程度の積雪なら屋根の雪下ろしをする必要はないが、朝日町では雪下ろしをしなれければ家がつぶれる危険性がある、ということです。
今回の福井の大雪は、例年なら山形市程度の積雪なのに、急に、しかも数日で朝日町並みの雪が降ってしまった、ということになります。それなりに雪に備えていたとしても、これでは市民生活がマヒ状態に陥ったのも無理はありません。日ごろ雪かきに追われ、大汗をかいている身としては「今年の冬将軍はなんて気まぐれなんだ」と思ってしまいます。
9年前に東京から山形に戻り、最初の冬に「雪かきは容易じゃない」とぼやきました。すると、近くの西川町大井沢出身の人から「こだな、雪(ゆぎ)んね!」と、いさめられました。「この程度の雪で大変だなんて、冗談じゃない」という意味です。月山のふもとにある大井沢の平年の積雪は3メートルほど。同じ西川町の志津(しづ)温泉はさらに多く、時には6メートルを超します(志津温泉は気象庁のアメダスの観測地点になっていないため積雪記録がニュースになることはありません)。「何事も上には上がある」と、あらためて思い知らされました。
積雪がある程度以上になると、雪かきよりも「雪の始末」の方が大変なことも知りました。取り除いた雪をどう始末するか。除雪機があれば、広い庭や畑に雪を飛ばしてしまえばいいのですが、私のように手作業でやる場合には、それもできません。側溝に流し込みたくても、肝心の側溝がしばしば埋もれてしまいます。そこで、雪かきの後に必ず「側溝を掘り出す作業」をしなければなりません。古い雪は往々にして氷と化しています。なので、剣先スコップで氷を削り、側溝を掘り出さなければならないのです。
降ったら除雪し、氷を削って側溝を掘り出し、流し込む。多い時には朝、昼、晩と1日に3回。いつも大汗をかきます。これを繰り返していると、時折、「まるでシシュフォスの石みたいだなぁ」と思ってしまいます。ギリシャ神話に出てくるコリントスの王シシュフォスは、神々を何度も欺いた罰として、巨大な石を山頂に押し上げる苦役を課されました。大石はいつも山頂まであと一歩というところで、またふもとまで転げ落ちる。かくして、シシュフォスは終わることのない苦行を続けなければならなくなった、という神話です。
私は神々を欺いたことはありませんが、何度か会社を欺いたことはあります。取材を装って職場を抜け出し、映画を観に行ったり、上野の鈴本演芸場に落語を聞きに行ったり。そうやって適当にさぼっているから、ストレスの多い仕事を続けることができるのだ、と開き直っていました。雪かきは、その罰なのか。
いや、シシュフォスの石と違って、雪は春になれば解けます。そして、雪解け水は夏まで田畑を潤し、農民に「干魃の恐れのない大地」をもたらしてくれます。しんどい雪かきの一方で恵みも与えるという点で、シシュフォスの石とはまるで違います。冬将軍様、不適切な例えでした。お詫びして訂正しますので、北陸にはもうあまり雪を降らせないでください。お願いいたします。青森や新潟、山形は例年より少し多い程度ですので、お願い事はとくにありません。はい。
≪参考サイト&文献≫
◎全国各地の積雪データ(気象庁の公式サイトから)
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/mdrr/snc_rct/alltable/snc00.html#a35
◎雪かき道具のあれこれ(楽天市場「雪かき道具の通販」から)
https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E9%9B%AA%E3%81%8B%E3%81%8D+%E9%81%93%E5%85%B7/
◎山形県西川町の積雪データ(同町の公式サイトから)
https://www.facebook.com/295465570563835/photos/a.644330602343995.1073741831.295465570563835/1399251570185224/?type=3&theater
◎志津温泉の積雪については、2013年6月1日のメールマガジン「小白川通信 3」参照
http://www.bunanomori.org/NucleusCMS_3.41Release/index.php?catid=10&blogid=1
◎シシュフォスの石(「コトバンク」から)
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%B9-73318
◎『北越雪譜』(鈴木牧之編撰、岩波文庫)
≪写真説明≫
◎山形県朝日町のわが家の積雪状況(2月7日、筆者撮影)。積雪に加えて、屋根から下した雪が積み重なっています。車の右前にある黄色の雪かき道具がスノーダンプ