今でも目がうるむ 今でも勇気づけられる
*メールマガジン「風切通信 54」 2019年3月10日
あの日、東北は雪だった。大きく、異様に長い揺れ。海が巨大な壁となって押し寄せ、家と工場をなぎ倒していった。後に残された瓦礫の山と黒い泥。降りしきる雪の中で、被災者は凍えていた。その光景を思い出すと、今でも目がうるむ。
東北全域が停電になり、その夜は光がなかった。被災者は天を仰ぎ、今まで見たこともない満天の星を目にした。海を押し上げた地殻のとてつもないエネルギー。そして、何事もなかったかのようにまたたく星。心に沁みる星空だったという。
自然の力におののきながらも、被災者は健気だった。声を荒げることもなく、静かに列をつくって支援物資を受け取り、生きるために歩き始めた。災害列島に生まれ、しばしば天災に見舞われ、耐え抜くしか術(すべ)がないから、ということもあるのかもしれない。けれども、それだけだったのか。
私は「被災した人たちは信じていたのだ」と思う。私たちの社会は、苦しむ人たちを見捨てたりしない。支援の手が必ず差し伸べられる。だから、いたわり合いながら、それを待とう――そう確信していたから、静かに並ぶことができたのではないか。その姿を通して、見つめる人たちまで元気づけることができたのではないか。
大きな災害や紛争があり、食べ物と飲み水が欠乏すれば、誰もが家族を守るために血眼になる。貧しい国に限った話ではない。ハリケーンに襲われたアメリカでも、支援物資を受け取るために集まった群衆を力で押しとどめなければならなかった。それは自然なことであり、誰も非難したりできない。
だからこそ、世界は驚いたのだ。あれほどの大災害が起き、あれだけの犠牲者を出したのに、生き残った人たちが静かに列をなしていることに。そうした社会を作り上げてきたことを、少なくとも私たちは誇りにしてもいいのではないか。
東日本大震災の後、国連関係者や災害支援の国際組織の人たちの間で、「日本から学ぶ10のこと」という詩が作られ、広まった。
1. 静けさ
胸をたたいたり、取り乱したりする映像はまったくなかった。悲しみそのものが気高いものになった。
2. 厳粛さ
水や食料を求める整然とした行列。声を荒げることも粗野な振る舞いもなく。
3. 才覚
例えば、信じがたいような建築家たち。建物は揺れたが、倒れなかった。
4. 品格
人々は取りあえず必要な物だけを買った。だから、みんな何がしかのものを手にすることができた。
5. 秩序
商店の略奪なし。道路には警笛を鳴らす者も追い越しをする者もいない。思慮分別があった。
6. 犠牲
50人の作業員が原子炉に海水を注入するためにとどまった。彼らに報いることなどできようか。
7. 優しさ
レストランは料金を下げた。ATMは警備もしていないのにそこにある。強き者が弱き者の世話をした。
8. 訓練
老人も子どもも、みんな何をすべきかよく分かっていた。そして、それを実行した。
9. 報道
速報に際して、彼らはとてつもない節度を示した。愚かな記者はいない。落ち着いた報道だった。
10. 良心
店が停電になると、人々は品物を棚に戻し、静かに立ち去った。
大震災から8年。被災地はまだ、復興のただ中にある。福島では、いつ終わるとも知れない原発事故への対処が続いている。私たちも、後に続く世代もそれを背負って生きていくしかない。険しい道だ。けれども、私たちの社会には世界を驚かせる力もある。その力を信じて、ともに歩んでいきたい。
《詩のSource》
「日本から学ぶ10のこと」 “ 10 things to learn from JAPAN “ には、いくつかのバージョンがあります。上記の詩は次のURLから引用したものです(日本語訳は長岡昇)。
http://www.facebook.com/notes/xkin/10-things-to-learn-from-japan-/202059083151692
≪写真説明とSource≫
冬の星座(ブログ「星空の珊瑚礁」から)
https://hosiya.at.webry.info/201902/article_1.html