2月に入ったのに、里山にも田畑にも雪がない。私が暮らしている村は山形・新潟県境の豪雪地帯にあり、例年ならこの時期、1メートルを超える雪に埋もれる。「そろそろ、屋根の雪下ろしをしないといけないね」と心配する時期だ。なのに、積雪ゼロ。

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村の古老に聞けば、口をそろえて「こだな冬は初めでだ」と言う。朝晩、寒さを覚えることはあるが、「凍りつくような寒さ」はまだ一度もない。雪かきをしなくても済むので、それは嬉しいのだが、なんだか落ち着かない。

スキー場は雪不足に苦しみ、雪祭りの関係者はあせっている。ついには「雪乞い」の神事を執り行うところまで出てきた。1月末から2月初めに「やまがた雪フェスティバル」を開催した寒河江(さがえ)市の実行委員会である。

雪像をつくるための雪は、月山の麓から運んでなんとか確保したが、肝心の会場にまったく雪がない。これでは、予定していた雪掘り競争もソリ遊びもできない。困り果てて、祭りの2週間前に地元の寒河江八幡宮に「雪乞い」を依頼した。

頼まれた八幡宮も困った。「雨乞い」ならともかく、「雪乞い」など聞いたこともない。宮司代務者の鬼海(きかい)智美さんは、そもそも「雪乞い」をすることに躊躇を覚えた。「雪が少なくて、助かっている人も多い。産土(うぶすな)の神に『あまねく雪を降らせたまえ』とはお願いできないのです」と言う。

そこで「雪祭りの成功を願い、雪像をつくる人たちの安全を祈願する」ということで引き受けた。雪については「必要なところに降らせたまえ」と控えめにお願いするにとどめた。地元の人たちの暮らしに目配りした、心優しい祈願だった。

にもかかわらず、その後も雪はほとんど降らない。住民の多くは「雪がなくて助かるねぇ」と喜んでいるが、あまり声高には言わない。リンゴやサクランボを栽培している農家がこの異変に気をもんでいる。それを知っているからだ。

「寒さをグッとこらえ、それをバネにして果樹は甘い実を付ける。こんな冬だと、甘味が足りなくなるのではないか」「春先、早く芽を出して、霜にやられたりしないだろうか」。果樹農家の不安は尽きない。

雪祭りにとどまらず、冬の観光全体にも影響が出ている。樹氷で知られる蔵王温泉は、やはり例年より客が少ないという。スキーを楽しむことはできるのだが、シンボルの樹氷がやせ細って元気がない。そこに、中国発の新型コロナウイルスによる肺炎が重なった。老舗旅館の女将は「蔵王は台湾からのお客様が多いんです。旅行を控える動きが広がっているようで、キャンセルが出始めました。ダブルパンチです」と嘆く。

やはり、冬は冬らしく、銀世界が広がってほしい。雪かきはしんどいけれども、降り積もる雪は少しずつ解けて、春から夏まで大地を潤す。北国にとっては恵みでもある。「雪乞い」をしなければならないような冬はつらい。



*メールマガジン「風切通信 69」 2020年2月3日

≪写真説明&Source≫
◎やまがた雪フェスティバルの会場で行われた「雪乞い」
https://www.fnn.jp/posts/7392SAY