新型コロナウイルスの感染が広がってから、「ウイルスに打ち勝つ」という言葉をしばしば耳にするようになった。この言葉を口にする人たちは、それがどんなにおこがましいことか分かっているのだろうか。

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ウイルスが誕生したのは数十億年前とされる。地球ではその後、何度も生物の大絶滅が起きた。大規模な地殻変動や隕石の衝突によって、命あるものの多くが滅びた。恐竜もその一つだ。ウイルスはそうした大絶滅を何度もくぐり抜けてきた。

私たち人間はどうか。先祖が登場したのは数百万年前、地球の長い歴史から見れば、つい最近のことだ。戦争や疫病で多くの人が命を失ったことはあるが、大絶滅の危機を経験したことはまだ一度もない。

ウイルスにしてみれば、「ぽっと出の若造が何をほざく」と笑い飛ばしたいところだろう。「打ち勝つ」ことができるような相手ではない。私たちにできるのは、手を尽くして被害を最小限に食い止めること、そして、治療薬やワクチンを開発して共に生きる道を切り拓くことくらいだ。

感染防止策も生活と経済の維持も、そういう前提に立って進めることが大切だろう。どこかの大統領のように「これは戦争だ」などと意気がってみても、何の意味もない。

わが山形県の吉村美栄子知事も、あまり意味のないことに力を注いでいる。県境で検査をして「ウイルスの侵入を食い止める」と提唱したものの、「道路を走っている車を停めることはできない」と言われ、パーキングエリアでドライバーのおでこに検温計を向けることくらいしかできなかった。

そんなことに人員と資金を注ぐより、医療や介護の現場で奮闘している人たちを支えるために全力を尽くすべきだ。仕事を失い、暮らしが立ち行かなくなっている人たちに一刻も早く手を差し伸べるために何をすべきか。それも急がなければならない。

物事に優先順位をつけ、それに応じて力の注ぎ具合を考える。吉村知事はそれが苦手のようだ。農産物の売り込みや観光客の誘致といった「分かりやすいこと」には一生懸命になるが、情報技術(IT)を行政や医療にどう活かしていくか、といった重要かつ複雑な問題になると、途端に「専門家や部下にお任せ」となる。人の話に耳を傾け、自分で深く考え、そのうえで判断する。それができないのだろう。

未来に向かって開かれた社会をつくっていくうえで、情報公開制度をどうやってより充実したものにしていくか。それも、間違いなく優先しなければならないことの一つだが、吉村知事には「後回しにしてもいいこと」と映っているようだ。

そうでなければ、私が学校法人東海山形学園の財務書類の情報公開を請求したのに対して、詳細な部分を白塗りにして開示する(表1再掲)というようなことも起きなかったはずだ。

この白塗り文書が出てくるまでの経緯は表2の通りである。

4年前の秋、月刊『素晴らしい山形』が吉村知事の義理のいとこ、吉村和文氏の率いるダイバーシティメディア(旧ケーブルテレビ山形)と学校法人、東海山形学園の間で不可解な取引があった、と報じた。

会社の貸借対照表によると、学校法人から会社に3000万円の融資が行われていたのだ。学校法人が会社から金を借りたのではない。その逆だ。しかも、和文氏は会社の社長と学校法人の理事長を兼ねている。お互いの利益がぶつかる「利益相反行為」に該当する。

この学校法人は東海大山形高校を運営しており、政府と山形県から毎年、3億円前後の私学助成を受けている。その助成額の1割に相当する金がグループ企業に貸し付けられていたことになる。そんなことが許されるのか。法に触れないのか。

会社の貸借対照表に3000万円の融資が記載されているなら、学校法人の貸借対照表にも記載されているはずだ。私は、それを確認するため山形県に情報公開請求を行った。私学助成を受ける学校法人は監督官庁の山形県に財務書類を提出している。県にはすべての書類がそろっているからだ。

政府や自治体が持っている情報は国民のものであり、原則として公開しなければならない。私は、すんなり出てくるものと思っていた。ところが、詳しい部分が白く塗られて出てきたのだ。

県学事文書課の担当者から「非開示の理由」を聞かされて驚いた。「会計文書の詳しい内容を明らかにすると、学校法人の正当な利益を害するおそれがあるから」(県情報公開条例第6条に該当)というものだった。

納得できず、2017年7月に非開示処分の取り消しを求めて山形地方裁判所に提訴した。一審の経過と結末は本誌2019年6月号で詳しく書いた。山形地裁は「財務関係書類の詳細な部分が明らかになれば、学校法人の経営上の秘密やノウハウが判明して他の高校の知るところとなり、学校法人の競争力を損ね、利益を大きく害することになることも考えられる」という県側の主張をほぼそのまま認め、私の請求を棄却した。

当方が唖然(あぜん)するような、およそ現実離れした空理空論に基づく判決だった。すぐさま、仙台高等裁判所に控訴した。

ただ、敗訴したのは「こちらの主張に甘いところがあったからかもしれない」と反省した。そもそも、財務書類とは歴史的にどのようにして成立したのか。経済的、社会的にどのような役割を果たしてきたのか。日本では今、学校法人の財務書類の公開がどこまで進んでいるのか。そうしたことを丁寧に記した控訴理由書を出して、高裁の判断を仰いだ。
 
幸いなことに、仙台高裁の裁判官は私立学校の現状にきちんと目を向け、情報公開制度の意義も深く理解している人たちだった。3月26日に一審判決を取り消し、山形県に東海山形学園の財務書類をすべて開示するよう命じる判決を下した(表3の骨子参照)。

私立学校は手厚い私学助成を受けており、文部科学省も積極的に財務情報を公開するよう促してきた。これを受けて、大学を運営する学校法人だけでなく、高校を設置する学校法人についても自発的に財務書類を一般に公表している事例は少なくない。

高裁の判決はそうした現実を踏まえ、「財務書類の詳細な内容を開示すれば、学校法人の正当な利益を害するおそれがある」という山形県側の主張を一蹴した。

判決には、文部科学相の諮問機関である「大学設置・学校法人審議会」の小委員会の検討結果を引用する形で、「情報公開は社会全体の流れであり、学校法人が説明責任を果たすという観点からも、財務情報を公開することが求められている。それによって、社会から評価を受け、質の向上が図られていく」という表現も盛り込まれた。

情報公開制度がこれからどういう役割を果たしていくのか。どれほど重要な制度であるか。そうしたことを見据えて、開かれた社会を築こうとする人たちの背中を押す判決だった。

学校法人の財務書類に関しては昨年5月、地裁判決の直後に私立学校法が改正され、文部科学省が所管する学校法人(大学や短大を運営)については財務書類の公開が法的に義務づけられるに至った。

高校などを運営する都道府県所管の学校法人については「公開の義務づけ」が見送られたものの、文科省は「それぞれの実情に応じて積極的に公表するよう期待する」との通知を出した。この法改正も高裁の判断に大きな影響を及ぼしたとみられる。

吉村美栄子知事はこの判決を不服として、最高裁判所に上告した。仙台高裁の論理は明快で説得力があり、覆ることはないと信じているが、知事は上告することによって社会に二つのメッセージを発することになった。

一つは、情報公開の重要性について鈍感な政治家である、ということ。もう一つは、山形地裁と仙台高裁の判決の質的な違いについて理解できず、周りにもその違いについて解説してくれる人が誰もいない、ということだ。

質的な違いとは「時代が求めていること、社会を前に進めるために為すべきこと」を強烈に意識しているかどうか、という点である。判決文からそれが読み取れないとしたら、政治家として悲しすぎる。

東海山形学園からダイバーシティメディアへの3000万円融資問題については、財務書類の非開示問題に加えて、もう一つ、大きな問題がある。本文の途中でも触れた「利益相反行為」という問題だ。

同じ人物が会社の社長と学校法人の理事長を兼ねている状態で双方が取引をするのは、典型的な「利益相反行為」になる。一方の利益になることは他方の不利益になるからだ。

このような場合、株式会社なら株主総会もしくは取締役会の承認を得れば済むが、学校法人の場合はそうはいかない。私立学校法に特別の規定があり、監督官庁(山形県)は特別代理人を選んでその取引に問題がないかチェックさせなければならないことになっている。

そこで、私は県に対して「この取引にかかわる特別代理人の選任に関する文書」の情報公開を求めた。すると、県は「存否(そんぴ)応答拒否」という暴挙に出た。そういう文書があるかどうかも明らかにしないまま、情報公開を拒否したのである(2018年10月23日付)。

理由はまたしても、県情報公開条例の第6条「(法人の内部管理に関する情報であって)その存否を明らかにすることにより、法人の正当な利益を害するおそれがあるため」だった。都合が悪い情報は、この条項を使えば出さなくても済む、と考えているようだ。

冗談ではない。法律に定められた手続きを踏んだのかどうか、それを記した文書が「法人の正当な利益を害する」などということはあるわけがない。もし、文書の中に「法人の内部管理に関する情報」が含まれているなら、その部分を伏せて開示すれば済む話だ。文書があるかどうかすら答えたくない、何か特別な事情があるのだろう。

今度は裁判ではなく、県情報公開・個人情報保護審査会に異議を申し立てた。外部の有識者5人で構成される県の諮問機関だ(表4)。すでに実質的な審査は終わっており、結果を待っている段階だ。こちらも「県の存否応答拒否は不当」との裁決が出るものと期待している。

この3000万円融資問題は、知事の義理のいとこ、吉村和文氏が率いる企業・法人グループの「アキレス腱」である。

これに目を凝らせば、吉村知事の権勢を背に巨額の公金を手にしてきた企業グループの中で何が起きているのか、何のために学校法人の3000万円を必要としたのか、少し見えてくるかもしれない。


*メールマガジン「風切通信 73」 2020年5月1日
*このコラムは、月刊『素晴らしい山形』の2020年5月号に寄稿した文章を若干手直ししたものです。見出しも異なります。

仙台高裁の判決全文

≪写真説明&Source≫
山形県境でドライバーに検温計を向ける県職員
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