「令和の政商」が配る「東京大学 最高顧問」の名刺
苦労して財を成した人が次に欲しがるものは、地位と名誉である。
「令和の政商」の異名を取る大樹(たいじゅ)総研グループの代表、矢島義也(よしなり)氏は2016年秋と2017年春の園遊会に「各界功績者」の一人として招待された。招待者名簿には本名の「矢島義成」と記されている。天皇と皇后が主催する赤坂御苑での催しに出席できたのだから、名誉欲は十分に満たされたことだろう。
矢島氏は2016年5月に帝国ホテルで「結婚を祝う会」を開いた。彼は若いころに離婚しているので、これは再婚の披露宴である。祝う会の主賓は菅義偉・官房長官(当時)、乾杯の音頭は二階俊博・自民党総務会長(同)が取った。政財官界の要人300人余りが勢ぞろいした盛大な会だった。
園遊会には配偶者も招かれるが、内縁の妻は招かれない。矢島氏がこのタイミングで披露宴を開いたのは、夫婦そろって秋の園遊会に出席するためだったのかもしれない。配偶者にとっても、園遊会はこれ以上ない晴れ舞台だったはずだ。
これに先立って、矢島氏は「地位の確保」に向けても動き始めていた。狙いを定めたのは最高学府、東京大学である。
2014年ごろ、東大の大学院情報学環に寄付講座の申し入れがあった。名古屋市のベンチャー企業「ディー・ディー・エス(DDS)」の三吉野健滋社長が「サイバーセキュリティの共同研究のために3億円を提供したい」と申し入れてきた。
DDSは、指紋などによる生体認証のソフト開発と機器販売を目的に1995年に設立された。これが普及すれば、IDやパスワードを打ち込んで本人確認をする必要はなくなる。サイバーセキュリティの分野で注目を集めている技術の一つだ。
ただ、企業としての実績は乏しかった。DDSは東証マザーズに上場していたものの、株価は長く100円前後で低迷していた。寄付金は「三吉野社長がストックオプションで持っている株の売買益を充てる」との提案で、東大の関係者は「やや不安ではあった」と打ち明ける。
寄付講座新設の決め手になったのは、仲介者がサイバーセキュリティ分野の国内第一人者、安田浩・東大名誉教授(後に東京電機大学学長)だったからだ。「重鎮の安田先生の口添えで、しかもDDSにはほかの大学への寄付の実績もあった。学内の審査もすんなり通りました」と関係者は証言する。
この寄付を基に、東大は2015年に「情報学環セキュア情報化社会研究」という寄付講座を立ち上げ、「SISOC-TOKYO」というプロジェクトをスタートさせた。報道向けの資料によれば、その目的は「サイバーセキュリティの研究にとどまらず、国際的な視野に立った情報発信や政策提言を行う」と格調高かった。
プロジェクトを推進するため、東大は学内に加え外部からも研究者を招いた。東京電機大学や名古屋工業大学の教授を特任教授にし、元財務官僚や日本経済新聞の編集委員を客員教授として迎え入れた。
実はこの時、寄付者の三吉野社長と安田名誉教授は「大樹総研の矢島義也会長も客員教授として迎えてほしい」と打診していた。東大側は困惑し、「研究実績かそれに準ずるものがなければ、教授会で了承が得られません」と、これだけは押し返したのだという。
それでも、大樹総研はあきらめなかった。寄付講座が発足した後、今度は「東大情報学環と大樹総研で共同研究をまとめ、それを本にして出版したい」と提案してきた。東大のお墨付きで矢島氏の著書を世に出そうと考えたようだ。東大側はこれも断った。「大樹総研が示した論文のレベルが低過ぎて、とても出版に堪えられるような内容ではなかったから」という。
こうした一連の動きは、この寄付講座の真のスポンサーが誰かを明瞭に示している。寄付者として名乗り出たのはDDSだが、資金は大樹総研グループから出た、と見るのが自然だろう。
業を煮やしたのか、大樹総研の矢島氏は「東京大学 大学院情報学環 SiSOC TOKYO 最高顧問 矢島義也」という名刺を勝手に作り、配り始めた。東大のロゴと住所、寄付講座事務局の連絡先入りだ。もちろん、「最高顧問」などというポストは存在しない。「地位」も勝手に印刷してしまうところが政商らしい、と言うべきか。
これに気づいて東大側は抗議したが、受け流されたという。こうしたトラブルに加え、分割して振り込まれるはずの寄付金がしばしば滞ったこともあって、5年の計画で始まった寄付講座と共同研究は4年で打ち切られた。
この間、東証マザーズではDDSの株をめぐって不思議なことが起きていた。乱高下していたDDS株が2014年に入って急騰し、6月13日にはついに1株1,899円の高値を付けた。ほどなく株価は急落して「ナイアガラ状態」になり、元の200円台まで下がった
だが、DDS株の乱高下はその後も続き、「100万株の成り行き売り注文」「20万株の指し値買い注文がすぐさま取り消し」といったことが繰り返された。1株1,000円で100万株なら10億円の取引になる。株価の掲示板には「プロであれば、こんなことをやると業界から追放される。絶対にやらない。いったい誰だ」といった怒りの声が寄せられたりした。
こうした動きは、DDSの株価を操作して莫大な利益を得ようとした者がいたことを示している。東大大学院の寄付講座の新設も株価操作に利用された可能性が大きい。東大側はこうしたことを全く知らなかったようだ。筆者から指摘され、あわてて調べ始めている。
大樹総研グループがDDSの株価操作に関与したことを示す証拠は今のところない。だが、証券取引等監視委員会あるいは金融庁、検察、国税当局が本気になって調べれば、裏で何が起きていたのか、容易に分かるはずだ。
実際、金融庁は2011年にDDSの財務調査を行い、「システム開発や機器販売をめぐって架空取引があった」として「有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金の納付命令」を出している(10月3日付)。課徴金は3,330万円だった。
DDSの年間売上高は10億円から20億円ほどで、収支が赤字になることもしばしばだった。こうした業績から見ても、「社長のポケットマネーから東大に3億円を寄付する」といった単純な図式だったとは到底考えられない。
寄付には「善意の寄付」もある。が、同時に「寄付することでそれ以上の利益を上げることをもくろむ」という「悪意の寄付」もある。研究一筋で生きてきた人たちには、想像すらできないことだろう。
寄付講座の申し入れに関する東大のガイドラインはどうなっているのか。審査はどのように行われているのか。DDSと大樹総研の関係をどこまで把握していたのか。東大の本部に目下、問い合わせている。回答があれば、次の報告でお伝えしたい。
長岡 昇 (NPO「ブナの森」代表)
*メールマガジン「風切通信 89」 2021年6月14日
*追記:東京大学本部の広報課から回答がありました。「寄付金額は平成27年から平成30年までに年間6,000万円、総額2億4,000万円」「名刺については把握しており、安田浩氏(当時の特任教授)を通じて利用をやめるよう申し入れました。誠に遺憾であると考えています」とのこと。寄付の申し出は3億円でしたが、寄付講座を4年で打ち切ったため最後の1年分の寄付は受け取らなかったようです。寄付講座の新設についてのガイドラインはなく、ディー・ディー・エスが金融庁の課徴金納付命令を受けたことや同社と大樹総研グループとの関係は「把握しておりませんでした」と回答してきました(回答は2021年6月17日付)。
*初出:調査報道サイト「HUNTER」
https://news-hunter.org/?p=7252
≪写真説明≫
◎矢島義也氏が配っていた「東京大学 最高顧問」の名刺
*東大大学院寄付講座のプロジェクト名は「SISOC-TOKYO」だが、矢島義也氏の名刺では「SiSOC TOKYO」と、一部小文字になっている。
≪参考記事・資料&サイト≫
◎「令和の政商」矢島義也氏の正体(ウェブコラム「情報屋台」2020年11月7日)
http://www.johoyatai.com/3291
◎菅首相を抱き込む「令和の政商」(週刊新潮 2020年10月15日号)
◎政官界に浸透する「大樹総研」(月刊『選択』2018年8月号、9月号)
◎2017年春の園遊会招待者(2017年4月6日付、朝日新聞長野県版)
◎2016年秋の園遊会招待者(2016年10月21日付、朝日新聞長野県版)
◎矢島義也氏の「結婚を祝う会」の席次表(2016年5月29日、帝国ホテル)
◎有名俳優たちの秘密乱交パーティの夜(月刊『噂の眞相』1999年8月号)
◎東京大学大学院の寄付講座「情報学環セキュア情報化社会研究」に関する記者会見開催のお知らせ(2015年7月27日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400040786.pdf
◎株式会社ディー・ディー・エス(DDS)の公式サイト
https://www.dds.co.jp/ja/company/
◎東証マザーズにおけるDDSの株価の推移(Kabutan)
https://kabutan.jp/stock/chart?code=3782
◎マザーズが急落、変調を引き起こした犯人は誰だ?(会社四季報オンライン)
https://shikiho.jp/news/0/163888
◎最高顧問の矢島義也氏(YAHOO ファイナンス ディー・ディー・エス 掲示板)
https://finance.yahoo.co.jp/cm/message/1003782/3782/107/395
◎株式会社ディー・ディー・エスに係る有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金納付命令の決定について(2011年10月3日、金融庁の公式サイト)
https://www.fsa.go.jp/news/23/syouken/20111003-1.html
「令和の政商」の異名を取る大樹(たいじゅ)総研グループの代表、矢島義也(よしなり)氏は2016年秋と2017年春の園遊会に「各界功績者」の一人として招待された。招待者名簿には本名の「矢島義成」と記されている。天皇と皇后が主催する赤坂御苑での催しに出席できたのだから、名誉欲は十分に満たされたことだろう。
矢島氏は2016年5月に帝国ホテルで「結婚を祝う会」を開いた。彼は若いころに離婚しているので、これは再婚の披露宴である。祝う会の主賓は菅義偉・官房長官(当時)、乾杯の音頭は二階俊博・自民党総務会長(同)が取った。政財官界の要人300人余りが勢ぞろいした盛大な会だった。
園遊会には配偶者も招かれるが、内縁の妻は招かれない。矢島氏がこのタイミングで披露宴を開いたのは、夫婦そろって秋の園遊会に出席するためだったのかもしれない。配偶者にとっても、園遊会はこれ以上ない晴れ舞台だったはずだ。
これに先立って、矢島氏は「地位の確保」に向けても動き始めていた。狙いを定めたのは最高学府、東京大学である。
2014年ごろ、東大の大学院情報学環に寄付講座の申し入れがあった。名古屋市のベンチャー企業「ディー・ディー・エス(DDS)」の三吉野健滋社長が「サイバーセキュリティの共同研究のために3億円を提供したい」と申し入れてきた。
DDSは、指紋などによる生体認証のソフト開発と機器販売を目的に1995年に設立された。これが普及すれば、IDやパスワードを打ち込んで本人確認をする必要はなくなる。サイバーセキュリティの分野で注目を集めている技術の一つだ。
ただ、企業としての実績は乏しかった。DDSは東証マザーズに上場していたものの、株価は長く100円前後で低迷していた。寄付金は「三吉野社長がストックオプションで持っている株の売買益を充てる」との提案で、東大の関係者は「やや不安ではあった」と打ち明ける。
寄付講座新設の決め手になったのは、仲介者がサイバーセキュリティ分野の国内第一人者、安田浩・東大名誉教授(後に東京電機大学学長)だったからだ。「重鎮の安田先生の口添えで、しかもDDSにはほかの大学への寄付の実績もあった。学内の審査もすんなり通りました」と関係者は証言する。
この寄付を基に、東大は2015年に「情報学環セキュア情報化社会研究」という寄付講座を立ち上げ、「SISOC-TOKYO」というプロジェクトをスタートさせた。報道向けの資料によれば、その目的は「サイバーセキュリティの研究にとどまらず、国際的な視野に立った情報発信や政策提言を行う」と格調高かった。
プロジェクトを推進するため、東大は学内に加え外部からも研究者を招いた。東京電機大学や名古屋工業大学の教授を特任教授にし、元財務官僚や日本経済新聞の編集委員を客員教授として迎え入れた。
実はこの時、寄付者の三吉野社長と安田名誉教授は「大樹総研の矢島義也会長も客員教授として迎えてほしい」と打診していた。東大側は困惑し、「研究実績かそれに準ずるものがなければ、教授会で了承が得られません」と、これだけは押し返したのだという。
それでも、大樹総研はあきらめなかった。寄付講座が発足した後、今度は「東大情報学環と大樹総研で共同研究をまとめ、それを本にして出版したい」と提案してきた。東大のお墨付きで矢島氏の著書を世に出そうと考えたようだ。東大側はこれも断った。「大樹総研が示した論文のレベルが低過ぎて、とても出版に堪えられるような内容ではなかったから」という。
こうした一連の動きは、この寄付講座の真のスポンサーが誰かを明瞭に示している。寄付者として名乗り出たのはDDSだが、資金は大樹総研グループから出た、と見るのが自然だろう。
業を煮やしたのか、大樹総研の矢島氏は「東京大学 大学院情報学環 SiSOC TOKYO 最高顧問 矢島義也」という名刺を勝手に作り、配り始めた。東大のロゴと住所、寄付講座事務局の連絡先入りだ。もちろん、「最高顧問」などというポストは存在しない。「地位」も勝手に印刷してしまうところが政商らしい、と言うべきか。
これに気づいて東大側は抗議したが、受け流されたという。こうしたトラブルに加え、分割して振り込まれるはずの寄付金がしばしば滞ったこともあって、5年の計画で始まった寄付講座と共同研究は4年で打ち切られた。
この間、東証マザーズではDDSの株をめぐって不思議なことが起きていた。乱高下していたDDS株が2014年に入って急騰し、6月13日にはついに1株1,899円の高値を付けた。ほどなく株価は急落して「ナイアガラ状態」になり、元の200円台まで下がった
だが、DDS株の乱高下はその後も続き、「100万株の成り行き売り注文」「20万株の指し値買い注文がすぐさま取り消し」といったことが繰り返された。1株1,000円で100万株なら10億円の取引になる。株価の掲示板には「プロであれば、こんなことをやると業界から追放される。絶対にやらない。いったい誰だ」といった怒りの声が寄せられたりした。
こうした動きは、DDSの株価を操作して莫大な利益を得ようとした者がいたことを示している。東大大学院の寄付講座の新設も株価操作に利用された可能性が大きい。東大側はこうしたことを全く知らなかったようだ。筆者から指摘され、あわてて調べ始めている。
大樹総研グループがDDSの株価操作に関与したことを示す証拠は今のところない。だが、証券取引等監視委員会あるいは金融庁、検察、国税当局が本気になって調べれば、裏で何が起きていたのか、容易に分かるはずだ。
実際、金融庁は2011年にDDSの財務調査を行い、「システム開発や機器販売をめぐって架空取引があった」として「有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金の納付命令」を出している(10月3日付)。課徴金は3,330万円だった。
DDSの年間売上高は10億円から20億円ほどで、収支が赤字になることもしばしばだった。こうした業績から見ても、「社長のポケットマネーから東大に3億円を寄付する」といった単純な図式だったとは到底考えられない。
寄付には「善意の寄付」もある。が、同時に「寄付することでそれ以上の利益を上げることをもくろむ」という「悪意の寄付」もある。研究一筋で生きてきた人たちには、想像すらできないことだろう。
寄付講座の申し入れに関する東大のガイドラインはどうなっているのか。審査はどのように行われているのか。DDSと大樹総研の関係をどこまで把握していたのか。東大の本部に目下、問い合わせている。回答があれば、次の報告でお伝えしたい。
長岡 昇 (NPO「ブナの森」代表)
*メールマガジン「風切通信 89」 2021年6月14日
*追記:東京大学本部の広報課から回答がありました。「寄付金額は平成27年から平成30年までに年間6,000万円、総額2億4,000万円」「名刺については把握しており、安田浩氏(当時の特任教授)を通じて利用をやめるよう申し入れました。誠に遺憾であると考えています」とのこと。寄付の申し出は3億円でしたが、寄付講座を4年で打ち切ったため最後の1年分の寄付は受け取らなかったようです。寄付講座の新設についてのガイドラインはなく、ディー・ディー・エスが金融庁の課徴金納付命令を受けたことや同社と大樹総研グループとの関係は「把握しておりませんでした」と回答してきました(回答は2021年6月17日付)。
*初出:調査報道サイト「HUNTER」
https://news-hunter.org/?p=7252
≪写真説明≫
◎矢島義也氏が配っていた「東京大学 最高顧問」の名刺
*東大大学院寄付講座のプロジェクト名は「SISOC-TOKYO」だが、矢島義也氏の名刺では「SiSOC TOKYO」と、一部小文字になっている。
≪参考記事・資料&サイト≫
◎「令和の政商」矢島義也氏の正体(ウェブコラム「情報屋台」2020年11月7日)
http://www.johoyatai.com/3291
◎菅首相を抱き込む「令和の政商」(週刊新潮 2020年10月15日号)
◎政官界に浸透する「大樹総研」(月刊『選択』2018年8月号、9月号)
◎2017年春の園遊会招待者(2017年4月6日付、朝日新聞長野県版)
◎2016年秋の園遊会招待者(2016年10月21日付、朝日新聞長野県版)
◎矢島義也氏の「結婚を祝う会」の席次表(2016年5月29日、帝国ホテル)
◎有名俳優たちの秘密乱交パーティの夜(月刊『噂の眞相』1999年8月号)
◎東京大学大学院の寄付講座「情報学環セキュア情報化社会研究」に関する記者会見開催のお知らせ(2015年7月27日)
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400040786.pdf
◎株式会社ディー・ディー・エス(DDS)の公式サイト
https://www.dds.co.jp/ja/company/
◎東証マザーズにおけるDDSの株価の推移(Kabutan)
https://kabutan.jp/stock/chart?code=3782
◎マザーズが急落、変調を引き起こした犯人は誰だ?(会社四季報オンライン)
https://shikiho.jp/news/0/163888
◎最高顧問の矢島義也氏(YAHOO ファイナンス ディー・ディー・エス 掲示板)
https://finance.yahoo.co.jp/cm/message/1003782/3782/107/395
◎株式会社ディー・ディー・エスに係る有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金納付命令の決定について(2011年10月3日、金融庁の公式サイト)
https://www.fsa.go.jp/news/23/syouken/20111003-1.html