副知事の公選法違反事件 強制捜査に踏み切る時
自分が仕える人のために忠勤を尽くすのは悪いことではない。普通なら褒められるべきことである。だが、その行為が法に触れるとなれば、話は別だ。
良かれと思ってしたことでも、その者は被疑者として調べられ、容疑が固まれば起訴され、裁きを受ける。山形県の若松正俊・前副知事は今、そのようなイバラの道に立たされている。容疑は公職選挙法違反、公務員の地位利用である。
話は山形県知事選挙の告示の2週間前にさかのぼる。昨年の12月24日、佐藤孝弘・山形市長や丸山至・酒田市長ら8人の市長は現職の吉村美栄子知事ではなく、自民党が推す大内理加・元県議を推薦すると発表した。「今の県政の反応の鈍さ」や「市との感覚のずれ」を理由に、知事に反旗を翻したのだ。
事前の世論調査では,、すでに「現職の吉村氏が圧倒的に有利」との結果が出ていた。だが、吉村陣営はこうした動きを「好ましくない」と見たのだろう。市長らによれば、この前後に知事の補佐役の若松副知事が「対立候補の大内氏を推さないでほしい」「せめて中立でいてくれないか」と働きかけてきたという。
これだけだったら、まだ罪は軽い。問題は若松氏の働きかけがそれにとどまらなかったことだ。市長らの証言によれば、「向こうに付いたら不利益をこうむりますよ」とほのめかしたのだという。
酒田市に対しては、県と庄内地域の自治体による東北公益文科大学(公設民営)の公立化に向けた協議が「進められなくなる」と述べたという。ローカル鉄道「フラワー長井線」の赤字に苦しむ長井市と南陽市には「県の負担金をこれまでのように出すのは難しい」と、減額する可能性があることを伝えたようだ。
市長らの証言が事実とすれば、これは公職選挙法が禁じている「公務員の地位を利用した選挙運動もしくは事前運動」にあたる。特別職とはいえ、副知事は公務員である。それが選挙で選ばれた市長に圧力をかけたわけで、「信じられないような行為」と言っていい。
公選法の規定に触れるどころではない。「きわめて悪質な地位利用」であり、「2年以下の禁固または30万円以下の罰金」を科せられて当然の犯罪行為である。
関係者の証言によれば、こうした「副知事の地位を利用した脅し」をかけられた市長は7人いる。脅しをかけられなかったのは山形市長だけだったようだ。立場が強い市長は避け、弱い市長を狙ったということだろう。
7人の市長が口裏を合わせて「吉村知事と若松副知事を追い落とそうとしている」という可能性はある。だが、それはあくまでも可能性に過ぎず、「そのような口裏合わせはなかった」と断言していい。
なぜなら、知事選の投開票日の翌日(今年1月25日)、県幹部は酒田市に対して「東北公益文科大学の公立化に向けた準備作業を停止する」と伝えたからだ。県側もそれを認めている。長井市に対しても、「赤字ローカル線への補助金を確保するのは難しい」と通告した。つまり、若松副知事がほのめかしたことを県側は選挙が終わった途端、実行したのだ。
露骨と言うか、無防備と言うか。若松氏にしても彼の意向を伝えた県幹部にしても、それが「公務員の地位を利用した犯罪行為」を実質的に裏付けることになる、ということに思い至らなかったようだ。
知事選で敗北した自民党側はこうした事実を把握していた。それゆえに、吉村知事が県議会に「若松副知事を再任する人事案」を出してきたのに対して県議団は反対し、否決した(3月9日)。若松氏の任期は10日までだったので、山形県は「副知事不在」という異常事態に陥った。
ところが、吉村知事は若松氏を11日付で非常勤特別職にし、新型コロナウイルス対策などの連絡調整にあたる「特命補佐」に任命するという奇策に出た。「副知事」という肩書から「特命補佐」という肩書に変え、事実上続投させたのである。
首長と議会は地方自治の両輪である。議会には首長の施策をチェックするという重要な役割がある。人事案の同意権限もその役割を果たすためにある。「奇策」はそうした機能をあざわらうような暴挙と言わなければならない。
若松氏を議会の同意がいらない「特命補佐」に任命した理由について、知事は「余人をもって代えがたい」と説明した。人を小馬鹿にしたような、陳腐な説明である。
その若松氏に対して、山形県警は公職選挙法違反の疑いで捜査に乗り出した。市長とその周りの人たちから話を聴く証拠固めは終わり、捜査は被疑者本人、若松氏から事情聴取する段階に至っている。
若松氏がその地位を利用して圧力をかけたのが1人だけなら、捜査は難しい。「言った」「言ってない」の水掛け論になるからだ。が、なにせ相手は7人もいる。若松氏が否定しても、起訴して有罪に持ち込むのは難しいことではない。予想されたことだが、若松氏は「そんなことは言っていない」と全面的に否定したようだ。
証拠がそろっているのに被疑者が否認した場合、捜査当局は被疑者の逮捕や事務所、自宅などの家宅捜索をし、強制捜査に踏み切るのが常道だ。だが、県警はまだ着手していない。なぜか。事件はこれからどう展開するのか。
考えられるのは次の四つのシナリオである。
?県警は強制捜査に踏み切らないまま捜査を終えて山形地検に書類送検し、地検は不起訴処分にして事件そのものを握り潰す?強制捜査はしないまま書類送検し、地検が起訴、微罪で済ませる?強制捜査に踏み切って送検し、公職選挙法違反で起訴して断罪する?強制捜査し、公選法違反にとどまらず、若松氏の余罪を追及する。
このうち、?は考えにくい。山形地検の松下裕子(ひろこ)検事正はそのような姑息な対応をする人物とは思えないからだ。東京地検をはじめ首都圏の現場で捜査を担い、法務省での勤務も長い。検察の本流を歩む人で、「将来を嘱望される検察官の一人」という。
検察OBによれば、東京地検特捜部にいた時には被疑者を呼びつけるのではなく、東京拘置所に出向いて取り調べを続けた。拘置所には当時、検事用の女性トイレがなかったが、この取り調べのために新たにつくられた、というエピソードを持つ。検察官としてなすべきことを誠実に実行する人、という。
従って、?から?の展開が予想される。どの展開になるかは、県警がきちんとした証拠をどれだけ固められるかにかかっている。捜査員たちの奮闘次第、と言っていい。この場合、吉村知事がどのように関わっていたかも問われることになる。
◇ ◇
吉村知事は若松氏の副知事再任にこだわるかのような発言を繰り返しているが、これは得意の目くらましだろう。知事はすでに3月下旬の段階で、別の副知事候補の選定作業に着手した形跡がある。
4月以降、県幹部が退職後に天下る外郭団体で異様な人事が進められた。県社会福祉協議会の会長と県産業技術振興機構の理事長はこれまで非常勤の名誉職だったが、それをどちらも常勤にして、それぞれ後任に退職したばかりの玉木康雄・前健康福祉部長と木村和浩・前産業労働部長を充てる人事である。
常勤化に伴い、両団体のトップの給与は年額120万円から500万円台に跳ね上がる。待遇以上に問題になったのは、両団体には常勤のナンバー2(専務理事)がいて実務を取り仕切っているが、新しいトップはどちらも彼らより年次が下であることだ。
前例踏襲と年功序列で生きてきた役人の世界で、こうしたことはかつてなかったことであり、あってはならないことだった。県庁の事務系OBでつくる親睦団体「平成松波会」のメンバーらは「いったい、何事だ」といぶかり、ざわついている。
OBの一人が解説する。「これは若松氏の副知事再任は困難と見て、病院事業管理者の大澤賢史氏か企業管理者の高橋広樹氏のどちらかを副知事に任命する準備ではないか。どちらかが副知事になれば、そのポストを埋めなければならない。どちらでも対応できるように外郭団体に2人の前部長をリザーブとして確保した、ということだろう。9月県議会で新しい副知事の人事案を提出するつもりではないか」
実に明快な解説だ。アップした報酬は税金で補填(ほてん)される。社会福祉や技術振興など二の次。自分たちの都合で外郭団体を自在に操ろうとする姿が透けて見えてくる。醜悪きわまりない。
◇ ◇
国有地を格安で払い下げた森友学園問題が表面化した際、当時の安倍晋三首相は「私や妻が関係していたということになれば、総理大臣も国会議員も辞める」と大見得を切った。その後、昭恵夫人が森友学園の名誉校長を引き受けていたことが分かり、安倍氏も深く関わっていたことが明らかになった。が、安倍氏は首相も国会議員も辞めなかった。
それどころか、加計学園問題でも「桜を見る会」の問題でもウソとごまかしを重ねた。安倍氏の目には、「法と規範を守ること」など単なる建前、と映っているのだろう。「政治は数と力であり、それがすべて」。そう考えているとしか思えない。
森友学園問題では公文書の改竄(かいざん)を命じられた近畿財務局の職員がことの経緯を記した文書を残して自ら命を絶った。その文書「赤木ファイル」が事件から何年もたって、ようやく開示された。こうしたことにも、何の心の痛みも感じないのだろう。
山形県の吉村美栄子氏は非自民系の知事であるにもかかわらず、その安倍氏とのツーショット写真を自慢げに披露する。彼女もまた「政治は数と力」と信じ、ごまかしを重ねて保身を図るタイプの政治家だ。私が県を相手に争った学校法人「東海山形学園」の財務書類の情報不開示訴訟に関しても、平気でウソを言い続けた。
サクランボのかぶり物をしてトップセールスに精を出す。もんぺ姿で農産物の売り込みに走り回る。そうした姿が親しみを感じさせるのか、県民の間での人気は依然として高い。しかし、彼女の言動からは、政治家として一番大切なこと、「政治を通して何を実現しようとしているのか」がまるで見えてこない。
こうした理念なき政治は何をもたらすか。政治学者の宇野重規(しげき)氏は「日本では今、民主主義の基本的な理念の部分が脅かされている」と警鐘を鳴らし、こう語る。
「自分たちが意見を言おうが言うまいが、議論をしようがしなかろうが、答えは決まっている。ならば誰か他の人が決めてくれればそれでいい――そういう諦めの感覚に支配されること。これこそが民主主義の最大の敵であり、脅威だと思います」
「私は三つのことを信じたいと思っています。自分たちにとって大切なことは、公開の場で透明性を確保して決定したい。政策決定に参加することで、誰もが当事者意識を持てる社会にしたい。そして社会の責任の一端を自発的に受け止めていきたい」(2021年6月17日付、朝日新聞オピニオン面)
若松前副知事の公職選挙法違反事件は、地方で起きた小さな事件の一つかもしれない。けれども、こうした事件をあいまいなまま終わらせれば、政治に対する諦めの感情はますます深まり、私たちの社会の土台が崩れていく。
それぞれが自分にできることを行い、小さな成果を一つひとつ積み重ねていく。そうすることでしか、社会を前に進めることはできない。
警察と検察には粛々と捜査を進め、事実を解明してほしい。そうすることが、前に進もうとする人たちを勇気づけることになる。
(長岡 昇 NPO「ブナの森」代表)
≪写真説明≫
◎山形県の副知事が不在になって3カ月。吉村知事の隣は空席のまま(6月19日付の産経新聞から)
◎ラフランスを手に首相官邸で安倍晋三氏と写真に納まる吉村美栄子知事(2016年11月28日)。この写真は山形県政記者クラブの加盟各社に送られた
良かれと思ってしたことでも、その者は被疑者として調べられ、容疑が固まれば起訴され、裁きを受ける。山形県の若松正俊・前副知事は今、そのようなイバラの道に立たされている。容疑は公職選挙法違反、公務員の地位利用である。
話は山形県知事選挙の告示の2週間前にさかのぼる。昨年の12月24日、佐藤孝弘・山形市長や丸山至・酒田市長ら8人の市長は現職の吉村美栄子知事ではなく、自民党が推す大内理加・元県議を推薦すると発表した。「今の県政の反応の鈍さ」や「市との感覚のずれ」を理由に、知事に反旗を翻したのだ。
事前の世論調査では,、すでに「現職の吉村氏が圧倒的に有利」との結果が出ていた。だが、吉村陣営はこうした動きを「好ましくない」と見たのだろう。市長らによれば、この前後に知事の補佐役の若松副知事が「対立候補の大内氏を推さないでほしい」「せめて中立でいてくれないか」と働きかけてきたという。
これだけだったら、まだ罪は軽い。問題は若松氏の働きかけがそれにとどまらなかったことだ。市長らの証言によれば、「向こうに付いたら不利益をこうむりますよ」とほのめかしたのだという。
酒田市に対しては、県と庄内地域の自治体による東北公益文科大学(公設民営)の公立化に向けた協議が「進められなくなる」と述べたという。ローカル鉄道「フラワー長井線」の赤字に苦しむ長井市と南陽市には「県の負担金をこれまでのように出すのは難しい」と、減額する可能性があることを伝えたようだ。
市長らの証言が事実とすれば、これは公職選挙法が禁じている「公務員の地位を利用した選挙運動もしくは事前運動」にあたる。特別職とはいえ、副知事は公務員である。それが選挙で選ばれた市長に圧力をかけたわけで、「信じられないような行為」と言っていい。
公選法の規定に触れるどころではない。「きわめて悪質な地位利用」であり、「2年以下の禁固または30万円以下の罰金」を科せられて当然の犯罪行為である。
関係者の証言によれば、こうした「副知事の地位を利用した脅し」をかけられた市長は7人いる。脅しをかけられなかったのは山形市長だけだったようだ。立場が強い市長は避け、弱い市長を狙ったということだろう。
7人の市長が口裏を合わせて「吉村知事と若松副知事を追い落とそうとしている」という可能性はある。だが、それはあくまでも可能性に過ぎず、「そのような口裏合わせはなかった」と断言していい。
なぜなら、知事選の投開票日の翌日(今年1月25日)、県幹部は酒田市に対して「東北公益文科大学の公立化に向けた準備作業を停止する」と伝えたからだ。県側もそれを認めている。長井市に対しても、「赤字ローカル線への補助金を確保するのは難しい」と通告した。つまり、若松副知事がほのめかしたことを県側は選挙が終わった途端、実行したのだ。
露骨と言うか、無防備と言うか。若松氏にしても彼の意向を伝えた県幹部にしても、それが「公務員の地位を利用した犯罪行為」を実質的に裏付けることになる、ということに思い至らなかったようだ。
知事選で敗北した自民党側はこうした事実を把握していた。それゆえに、吉村知事が県議会に「若松副知事を再任する人事案」を出してきたのに対して県議団は反対し、否決した(3月9日)。若松氏の任期は10日までだったので、山形県は「副知事不在」という異常事態に陥った。
ところが、吉村知事は若松氏を11日付で非常勤特別職にし、新型コロナウイルス対策などの連絡調整にあたる「特命補佐」に任命するという奇策に出た。「副知事」という肩書から「特命補佐」という肩書に変え、事実上続投させたのである。
首長と議会は地方自治の両輪である。議会には首長の施策をチェックするという重要な役割がある。人事案の同意権限もその役割を果たすためにある。「奇策」はそうした機能をあざわらうような暴挙と言わなければならない。
若松氏を議会の同意がいらない「特命補佐」に任命した理由について、知事は「余人をもって代えがたい」と説明した。人を小馬鹿にしたような、陳腐な説明である。
その若松氏に対して、山形県警は公職選挙法違反の疑いで捜査に乗り出した。市長とその周りの人たちから話を聴く証拠固めは終わり、捜査は被疑者本人、若松氏から事情聴取する段階に至っている。
若松氏がその地位を利用して圧力をかけたのが1人だけなら、捜査は難しい。「言った」「言ってない」の水掛け論になるからだ。が、なにせ相手は7人もいる。若松氏が否定しても、起訴して有罪に持ち込むのは難しいことではない。予想されたことだが、若松氏は「そんなことは言っていない」と全面的に否定したようだ。
証拠がそろっているのに被疑者が否認した場合、捜査当局は被疑者の逮捕や事務所、自宅などの家宅捜索をし、強制捜査に踏み切るのが常道だ。だが、県警はまだ着手していない。なぜか。事件はこれからどう展開するのか。
考えられるのは次の四つのシナリオである。
?県警は強制捜査に踏み切らないまま捜査を終えて山形地検に書類送検し、地検は不起訴処分にして事件そのものを握り潰す?強制捜査はしないまま書類送検し、地検が起訴、微罪で済ませる?強制捜査に踏み切って送検し、公職選挙法違反で起訴して断罪する?強制捜査し、公選法違反にとどまらず、若松氏の余罪を追及する。
このうち、?は考えにくい。山形地検の松下裕子(ひろこ)検事正はそのような姑息な対応をする人物とは思えないからだ。東京地検をはじめ首都圏の現場で捜査を担い、法務省での勤務も長い。検察の本流を歩む人で、「将来を嘱望される検察官の一人」という。
検察OBによれば、東京地検特捜部にいた時には被疑者を呼びつけるのではなく、東京拘置所に出向いて取り調べを続けた。拘置所には当時、検事用の女性トイレがなかったが、この取り調べのために新たにつくられた、というエピソードを持つ。検察官としてなすべきことを誠実に実行する人、という。
従って、?から?の展開が予想される。どの展開になるかは、県警がきちんとした証拠をどれだけ固められるかにかかっている。捜査員たちの奮闘次第、と言っていい。この場合、吉村知事がどのように関わっていたかも問われることになる。
◇ ◇
吉村知事は若松氏の副知事再任にこだわるかのような発言を繰り返しているが、これは得意の目くらましだろう。知事はすでに3月下旬の段階で、別の副知事候補の選定作業に着手した形跡がある。
4月以降、県幹部が退職後に天下る外郭団体で異様な人事が進められた。県社会福祉協議会の会長と県産業技術振興機構の理事長はこれまで非常勤の名誉職だったが、それをどちらも常勤にして、それぞれ後任に退職したばかりの玉木康雄・前健康福祉部長と木村和浩・前産業労働部長を充てる人事である。
常勤化に伴い、両団体のトップの給与は年額120万円から500万円台に跳ね上がる。待遇以上に問題になったのは、両団体には常勤のナンバー2(専務理事)がいて実務を取り仕切っているが、新しいトップはどちらも彼らより年次が下であることだ。
前例踏襲と年功序列で生きてきた役人の世界で、こうしたことはかつてなかったことであり、あってはならないことだった。県庁の事務系OBでつくる親睦団体「平成松波会」のメンバーらは「いったい、何事だ」といぶかり、ざわついている。
OBの一人が解説する。「これは若松氏の副知事再任は困難と見て、病院事業管理者の大澤賢史氏か企業管理者の高橋広樹氏のどちらかを副知事に任命する準備ではないか。どちらかが副知事になれば、そのポストを埋めなければならない。どちらでも対応できるように外郭団体に2人の前部長をリザーブとして確保した、ということだろう。9月県議会で新しい副知事の人事案を提出するつもりではないか」
実に明快な解説だ。アップした報酬は税金で補填(ほてん)される。社会福祉や技術振興など二の次。自分たちの都合で外郭団体を自在に操ろうとする姿が透けて見えてくる。醜悪きわまりない。
◇ ◇
国有地を格安で払い下げた森友学園問題が表面化した際、当時の安倍晋三首相は「私や妻が関係していたということになれば、総理大臣も国会議員も辞める」と大見得を切った。その後、昭恵夫人が森友学園の名誉校長を引き受けていたことが分かり、安倍氏も深く関わっていたことが明らかになった。が、安倍氏は首相も国会議員も辞めなかった。
それどころか、加計学園問題でも「桜を見る会」の問題でもウソとごまかしを重ねた。安倍氏の目には、「法と規範を守ること」など単なる建前、と映っているのだろう。「政治は数と力であり、それがすべて」。そう考えているとしか思えない。
森友学園問題では公文書の改竄(かいざん)を命じられた近畿財務局の職員がことの経緯を記した文書を残して自ら命を絶った。その文書「赤木ファイル」が事件から何年もたって、ようやく開示された。こうしたことにも、何の心の痛みも感じないのだろう。
山形県の吉村美栄子氏は非自民系の知事であるにもかかわらず、その安倍氏とのツーショット写真を自慢げに披露する。彼女もまた「政治は数と力」と信じ、ごまかしを重ねて保身を図るタイプの政治家だ。私が県を相手に争った学校法人「東海山形学園」の財務書類の情報不開示訴訟に関しても、平気でウソを言い続けた。
サクランボのかぶり物をしてトップセールスに精を出す。もんぺ姿で農産物の売り込みに走り回る。そうした姿が親しみを感じさせるのか、県民の間での人気は依然として高い。しかし、彼女の言動からは、政治家として一番大切なこと、「政治を通して何を実現しようとしているのか」がまるで見えてこない。
こうした理念なき政治は何をもたらすか。政治学者の宇野重規(しげき)氏は「日本では今、民主主義の基本的な理念の部分が脅かされている」と警鐘を鳴らし、こう語る。
「自分たちが意見を言おうが言うまいが、議論をしようがしなかろうが、答えは決まっている。ならば誰か他の人が決めてくれればそれでいい――そういう諦めの感覚に支配されること。これこそが民主主義の最大の敵であり、脅威だと思います」
「私は三つのことを信じたいと思っています。自分たちにとって大切なことは、公開の場で透明性を確保して決定したい。政策決定に参加することで、誰もが当事者意識を持てる社会にしたい。そして社会の責任の一端を自発的に受け止めていきたい」(2021年6月17日付、朝日新聞オピニオン面)
若松前副知事の公職選挙法違反事件は、地方で起きた小さな事件の一つかもしれない。けれども、こうした事件をあいまいなまま終わらせれば、政治に対する諦めの感情はますます深まり、私たちの社会の土台が崩れていく。
それぞれが自分にできることを行い、小さな成果を一つひとつ積み重ねていく。そうすることでしか、社会を前に進めることはできない。
警察と検察には粛々と捜査を進め、事実を解明してほしい。そうすることが、前に進もうとする人たちを勇気づけることになる。
(長岡 昇 NPO「ブナの森」代表)
≪写真説明≫
◎山形県の副知事が不在になって3カ月。吉村知事の隣は空席のまま(6月19日付の産経新聞から)
◎ラフランスを手に首相官邸で安倍晋三氏と写真に納まる吉村美栄子知事(2016年11月28日)。この写真は山形県政記者クラブの加盟各社に送られた