「号泣県議」より悪質な政務活動費の不正
政務活動費の不正受給と聞けば、多くの人は兵庫県の「号泣県議」こと、野々村竜太郎県議のことを思い浮かべるのではないだろうか。
不正が発覚したのは2014年である。ものすごい数のカラ出張を繰り返す。切手を大量に購入して換金する。そうした手法で政務活動費として使ったことにして公金をだまし取っていた。その年の7月には記者会見中に泣きじゃくり、その異様な姿は海外でも報じられた。
野々村氏は兵庫県議会の各会派代表の連名で刑事告発された。翌2015年8月に913万円を詐取したとして詐欺および虚偽公文書作成・同行使容疑で在宅起訴され、2016年7月に懲役3年、執行猶予4年の神戸地裁判決が確定した。
一連の騒ぎの間、山形県議の野川政文氏は勤務実態のない女性事務員を雇用したと偽り、人件費として毎月8万円を計上し、公金をだまし取っていた。年額96万円になる(後に2008年から続けていたことが判明)。
野々村氏の判決が確定した後、2016年9月には山形県内でも阿部賢一県議の政務活動費の不正受給が明るみに出た。山形新聞がスクープしたもので、会合費や事務費をごまかしていた。阿部県議は辞職し、県議会事務局によると最終的に663万円を返納した。
野川氏はこの時、山形県議会議長で「阿部県議の刑事告発を検討する」と表明している(民進党や社民党県議らでつくる県政クラブが反対して告発はされなかった)。おまけに野川氏は全国都道府県議会議長会の会長でもあった。2016年10月中旬には、全国議長会の会長として自民党との政策懇談会に出席し、要望事項を伝えたりしている。
にもかかわらず、その後も素知らぬ顔で架空の人件費を計上し、公金をだまし取っていた。よくそんなことが続けられたものだと思う。
◇ ◇
野川氏の長年の悪事が露見したのは11月4日である。NHK山形放送局が朝のニュースで特ダネとして報じ、新聞・テレビ各社が追いかけた。
市民オンブズマン山形県会議も報道の裏付けに走り、信頼できる筋から「本人は不正を認め、辞職する意向と聞いている」との情報を得た。その日の夕方には県政記者クラブで緊急会見を開き、「刑事告発も検討する」と表明した。
山形県に限らず、市民オンブズマンは全国で議員の政務活動費の不正を追及してきた。監査請求を繰り返し、撥(は)ねつけられると、裁判に訴えて不正をただそうとしてきた。「政務活動費の収支報告書や領収書類をインターネットで公開し、その内容をガラス張りにすべきだ」と提言もしている。
だが、山形県議会はこの間、ほとんど何の努力もしてこなかった。一方、足もとの山形市議会では、議長がリーダーシップを発揮して領収書のインターネット公開など次々に改善策を打ち出した。
その結果、全国市民オンブズマン連絡会議が毎年公表している「政務活動費の情報公開度ランキング」で、山形市議会は2019年の「中核市の議会でビリから3番目」から今年は「全国2位」(1位は函館市議会)へと大躍進した。改革どころか何もしない山形県議会は毎年、ズルズルと順位を下げ、今年は29位まで落ちた。その挙げ句に、県議会議長経験者の不正である。山形のオンブズマンが怒るのは当然ではないか。
不正受給が発覚すると、野川氏は2日後の6日に県議会の坂本貴美雄議長に辞職願を出し、身を引いた。15日には山形市内のレンタル会議場で記者会見を開き、人件費の架空計上が2008年度からの13年間で総額1248万円に上ることを明らかにした。
記者会見では、自宅の一部を事務所として使い、その電気代や水道代、灯油代などでも不適切な支出があるのではないかと追及され、否定しなかった。不正は人件費の架空請求にとどまらず、総額は有罪判決を受けた野々村氏のそれをかなり上回る。
不可解なのは、その後の山形県議会と山形県当局の対応である。坂本議長は「個人のモラルの問題」とし、刑事告発については「考えていない」と述べた。あきれる。「モラルの問題」であると同時に、政務活動費の制度と運用が問われているのだ。
坂本議長は「県議会には法人格がない。議会としての告発は法制度上できない」とも述べた。議会に「法人格」がないことくらい言われなくても分かっている。ならば、議会を代表して議長として、あるいは兵庫県議会のように各会派代表の連名で告発すればいいのだ。
公金詐取の被害者は納税者であり、それを代表すべきは県知事である。こちらは告発ではなく、告訴すべき立場にある。ところが、山形県の吉村美栄子知事は記者会見で対応を問われると、「一義的には議会が対応すべきこと。議会の独立性、自主性を尊重したい」と述べた。この発言だけ聞けば、もっともらしい。
だが、吉村知事は今年3月、若松正俊副知事の再任人事案が県議会で否決されるや、若松氏を議会の同意がいらない非常勤特別職に任命して続投させた。議会をこけにする暴挙である。なのに、こういう時は「議会を尊重する」と言って逃げようとする。つくづく、いい加減な政治家である。
ことは巨額の詐欺事件である。本人も詐取したことを認めている。血税をだまし取った人間がいるなら、納税者の代表として知事が告訴するのは当然のことであり、責務であると言ってもいい。
野川氏は会見で「(詐取した金を)私的には使っていない」と繰り返した。それを見出しに取った愚かな新聞もあるが、だまし取った金をどう使ったかは詐欺罪の立件には関係がない。刑の言い渡しに際して「情状酌量の材料の一つ」になるに過ぎない。
一般人が一般人から金をだまし取る詐欺でも罪は重い。ましてや、政務活動費が適切に使われるようにする責任を負う県議会の議長経験者が公金をだまし取ったのである。議会が告発し、知事が告訴するのは当然ではないか。
知事や議会のこうした対応を見ていると、この人たちは「不正を知っても、こっそりと処理して闇に葬ってしまおうとしていたのではないか」と疑ってしまう。
あらためて、報道の大切さを思う。悪いことは悪い。許されないことは許してはならない。政治や行政をしっかり監視して不正を暴くのは、報道機関の重要な役割の一つである。
警察や検察がお目こぼしをしようとしても、それが納税者のためにならないなら、見過ごしてはならない。真相の解明に果敢に挑み、人々に伝えなければならない。日々の出来事の報道ももちろん大切なことだが、やはり「スクーブ」こそ、報道の要と言うべきだろう。
長岡 昇( NPO「ブナの森」 代表)
*メールマガジン「風切通信 98」 2021年11月27日
*この文章は、月刊『素晴らしい山形』2021年12月号に寄稿したコラムを手直しし、加筆したものです。
≪写真説明&Source≫
◎記者会見で号泣する野々村竜太郎県議
https://looking.fandom.com/ja/wiki/%E9%87%8E%E3%80%85%E6%9D%91%E7%AB%9C%E5%A4%AA%E9%83%8E
◎2016年10月19日、自民党との政策懇談会で全国都道府県議会議長会の会長として発言する野川政文氏(全国都道府県議会議長会のサイトから)
http://www.gichokai.gr.jp/topics/2016/161019/index.html
不正が発覚したのは2014年である。ものすごい数のカラ出張を繰り返す。切手を大量に購入して換金する。そうした手法で政務活動費として使ったことにして公金をだまし取っていた。その年の7月には記者会見中に泣きじゃくり、その異様な姿は海外でも報じられた。
野々村氏は兵庫県議会の各会派代表の連名で刑事告発された。翌2015年8月に913万円を詐取したとして詐欺および虚偽公文書作成・同行使容疑で在宅起訴され、2016年7月に懲役3年、執行猶予4年の神戸地裁判決が確定した。
一連の騒ぎの間、山形県議の野川政文氏は勤務実態のない女性事務員を雇用したと偽り、人件費として毎月8万円を計上し、公金をだまし取っていた。年額96万円になる(後に2008年から続けていたことが判明)。
野々村氏の判決が確定した後、2016年9月には山形県内でも阿部賢一県議の政務活動費の不正受給が明るみに出た。山形新聞がスクープしたもので、会合費や事務費をごまかしていた。阿部県議は辞職し、県議会事務局によると最終的に663万円を返納した。
野川氏はこの時、山形県議会議長で「阿部県議の刑事告発を検討する」と表明している(民進党や社民党県議らでつくる県政クラブが反対して告発はされなかった)。おまけに野川氏は全国都道府県議会議長会の会長でもあった。2016年10月中旬には、全国議長会の会長として自民党との政策懇談会に出席し、要望事項を伝えたりしている。
にもかかわらず、その後も素知らぬ顔で架空の人件費を計上し、公金をだまし取っていた。よくそんなことが続けられたものだと思う。
◇ ◇
野川氏の長年の悪事が露見したのは11月4日である。NHK山形放送局が朝のニュースで特ダネとして報じ、新聞・テレビ各社が追いかけた。
市民オンブズマン山形県会議も報道の裏付けに走り、信頼できる筋から「本人は不正を認め、辞職する意向と聞いている」との情報を得た。その日の夕方には県政記者クラブで緊急会見を開き、「刑事告発も検討する」と表明した。
山形県に限らず、市民オンブズマンは全国で議員の政務活動費の不正を追及してきた。監査請求を繰り返し、撥(は)ねつけられると、裁判に訴えて不正をただそうとしてきた。「政務活動費の収支報告書や領収書類をインターネットで公開し、その内容をガラス張りにすべきだ」と提言もしている。
だが、山形県議会はこの間、ほとんど何の努力もしてこなかった。一方、足もとの山形市議会では、議長がリーダーシップを発揮して領収書のインターネット公開など次々に改善策を打ち出した。
その結果、全国市民オンブズマン連絡会議が毎年公表している「政務活動費の情報公開度ランキング」で、山形市議会は2019年の「中核市の議会でビリから3番目」から今年は「全国2位」(1位は函館市議会)へと大躍進した。改革どころか何もしない山形県議会は毎年、ズルズルと順位を下げ、今年は29位まで落ちた。その挙げ句に、県議会議長経験者の不正である。山形のオンブズマンが怒るのは当然ではないか。
不正受給が発覚すると、野川氏は2日後の6日に県議会の坂本貴美雄議長に辞職願を出し、身を引いた。15日には山形市内のレンタル会議場で記者会見を開き、人件費の架空計上が2008年度からの13年間で総額1248万円に上ることを明らかにした。
記者会見では、自宅の一部を事務所として使い、その電気代や水道代、灯油代などでも不適切な支出があるのではないかと追及され、否定しなかった。不正は人件費の架空請求にとどまらず、総額は有罪判決を受けた野々村氏のそれをかなり上回る。
不可解なのは、その後の山形県議会と山形県当局の対応である。坂本議長は「個人のモラルの問題」とし、刑事告発については「考えていない」と述べた。あきれる。「モラルの問題」であると同時に、政務活動費の制度と運用が問われているのだ。
坂本議長は「県議会には法人格がない。議会としての告発は法制度上できない」とも述べた。議会に「法人格」がないことくらい言われなくても分かっている。ならば、議会を代表して議長として、あるいは兵庫県議会のように各会派代表の連名で告発すればいいのだ。
公金詐取の被害者は納税者であり、それを代表すべきは県知事である。こちらは告発ではなく、告訴すべき立場にある。ところが、山形県の吉村美栄子知事は記者会見で対応を問われると、「一義的には議会が対応すべきこと。議会の独立性、自主性を尊重したい」と述べた。この発言だけ聞けば、もっともらしい。
だが、吉村知事は今年3月、若松正俊副知事の再任人事案が県議会で否決されるや、若松氏を議会の同意がいらない非常勤特別職に任命して続投させた。議会をこけにする暴挙である。なのに、こういう時は「議会を尊重する」と言って逃げようとする。つくづく、いい加減な政治家である。
ことは巨額の詐欺事件である。本人も詐取したことを認めている。血税をだまし取った人間がいるなら、納税者の代表として知事が告訴するのは当然のことであり、責務であると言ってもいい。
野川氏は会見で「(詐取した金を)私的には使っていない」と繰り返した。それを見出しに取った愚かな新聞もあるが、だまし取った金をどう使ったかは詐欺罪の立件には関係がない。刑の言い渡しに際して「情状酌量の材料の一つ」になるに過ぎない。
一般人が一般人から金をだまし取る詐欺でも罪は重い。ましてや、政務活動費が適切に使われるようにする責任を負う県議会の議長経験者が公金をだまし取ったのである。議会が告発し、知事が告訴するのは当然ではないか。
知事や議会のこうした対応を見ていると、この人たちは「不正を知っても、こっそりと処理して闇に葬ってしまおうとしていたのではないか」と疑ってしまう。
あらためて、報道の大切さを思う。悪いことは悪い。許されないことは許してはならない。政治や行政をしっかり監視して不正を暴くのは、報道機関の重要な役割の一つである。
警察や検察がお目こぼしをしようとしても、それが納税者のためにならないなら、見過ごしてはならない。真相の解明に果敢に挑み、人々に伝えなければならない。日々の出来事の報道ももちろん大切なことだが、やはり「スクーブ」こそ、報道の要と言うべきだろう。
長岡 昇( NPO「ブナの森」 代表)
*メールマガジン「風切通信 98」 2021年11月27日
*この文章は、月刊『素晴らしい山形』2021年12月号に寄稿したコラムを手直しし、加筆したものです。
≪写真説明&Source≫
◎記者会見で号泣する野々村竜太郎県議
https://looking.fandom.com/ja/wiki/%E9%87%8E%E3%80%85%E6%9D%91%E7%AB%9C%E5%A4%AA%E9%83%8E
◎2016年10月19日、自民党との政策懇談会で全国都道府県議会議長会の会長として発言する野川政文氏(全国都道府県議会議長会のサイトから)
http://www.gichokai.gr.jp/topics/2016/161019/index.html